アイリッシュ・コーヒーというカクテルがあります。日本での知名度は低いかもしれません。でも欧米ではカフェやバーで普通に飲むことができます。その名の通りアイルランドで生まれたものですが、アイルランドで伝統的に飲まれているというわけではありません。
アイルランドの西部シャノンShannonにある国際空港は、1990年代までは大西洋腺の航空便の経由地として利用されていた空港です。ここができる以前の1930年代から40年代には、近くの港町フォインズFoynesにあった空軍基地が、北米へ向かう民間飛行艇の最後の給油地として機能していました。1943年の冬、悪天候のために引き返して来た飛行艇があり、乗客たちに何か温かい飲み物を提供しようと、レストランのシェフが考案したのがこの飲み物だそうです。その後シャノン空港に引き継がれたアイリッシュ・コーヒーは、すっかり名物となりました。これを味わった旅行記者のスタン・デラプレインStan Delaplaneが、サンフランシスコの「ブエナビスタ」”The Buena Vista”というカフェのオーナーに再現するよう持ち掛けます。試行錯誤の末に完成すると、たちまち店の看板商品になったそうです。
オリジナルの作り方はこんな感じ。
お湯で温めたグラスにブラウンシュガーを小さじ2、4オンスの熱いコーヒーを注ぎかき混ぜます。そこへアイリッシュウイスキーを1+1/2オンス加え、上にホイップクリームを1オンスのせて出来上がり。ホイップクリームは乳脂肪分の多いダブルクリーム。コーヒーと混ざらないようにスプーンの背中から垂らすように注ぎます。
当然のことながら欠かせないのがアイリッシュウイスキーです。アイルランドおよび北アイルランドで製造されているウイスキーで、その製法は法律で厳しく管理されています。スコッチウイスキーとの違いを尋ねられることがあります。一般的な違いとして、スコッチ[1]ここでいうスコッチとはモルトウイスキーは大麦だけでアイリッシュはほかに小麦、ライムギ、オーツ麦なども使うとか、スコッチでは麦芽を乾燥させる際にピートの燻煙を使うので、独特のスモーキーフレーバーが生まれるのに対し、アイリッシュは代わりに石炭を使うためその香りがないとか、スコッチは蒸留が2回でアイリッシュは3回とかですが、現在は蒸留所ごとに原材料から蒸留、貯蔵法まで多様になっているので、完全に両方を分けて定義付けることができません。ひとつだけ相違があるのは、綴りです。スコッチはWhiskeyでアイリッシュはWhiskey。ちなみにアメリカはWhiskeyのほうです。以前、ウイスキーの権威の方にアイルランドにはウイスキーの蒸留所が3か所[2]ミドルトン、コールレーン、ブッシュミルズしかないとうかがって驚いたことがあります。調べたところ、2000年代に入ってから新たに操業を開始した蒸留所がいくつもあるらしく、これからより良い製品が生み出されるのではないでしょうか。
アイリッシュ・コーヒーは、ゲーリック・コーヒーとも呼ばれます。ゲーリックとは、ゲールの、ゲール人、ゲール語などを指すもので、ときにアイルランド人のアイデンティティをも意味する言葉です。ゲール人というのは、正しくはケルト系のアイルランド、スコットランドそれにマン島に住む民族言語グループのことで、ウェールズ人とは区別されます。
アイルランドにあるユニークな伝統的スポーツの総称がゲーリック・ゲームス。まずはハーリングHurling。木製スティックのハーリーHurleyと野球ボールぐらいの革製ボール、シリターSliotarを使い、相手ゴールを狙うホッケーやラクロスに似たスポーツで、女子の競技はカモギーCamogieと呼びます。そしてゲーリック・フットボールGaelic Football[3]手でボールを扱えたり、オフサイドがないというのがサッカーとの違いで、ラグビーのようなタックルはできません、ラウンダーズRounders[4]野球の原型ともいわれ、バットでボールを打ちベースを回って得点を競います、ゲーリック・ハンドボールGaelic Handball[5]スカッシュのように壁に向かってボールを交互に打ち合うスポーツという、日本人にはあまり馴染みのない競技で、いずれもアマチュアスポーツです。ダブリンには、ゲーリック・ゲームス専用[6]サッカー、ラグビー用のスタジアム改修工事中は例外的に使用許可のクローク・パークCroke Parkという82,300名収容[7]2021年4月時点で世界で4番目の規模のスタジアムがあり、各競技の国内リーグ決勝戦や国際試合などが行われます。