南フランスのプロヴァンス地方はとても魅力あふれる場所です。その代表都市のひとつにあげられるのがアヴィニョンAvignon。ローヌ河畔の美しい町並みは城壁に囲まれ、中心に聳えるのがランドマークとなる教皇庁の建物です。教皇とはカトリックの最高位聖職者であるローマ教皇のこと。本来はローマにいるべき教皇が、14世紀にはここにいた期間がありました。アヴィニョンは教皇庁の置かれた約70年の間に非常に栄え、フランス人にとっても誇らしい時代だったといえます。しかし、これを歴史的には教皇のアヴィニョン捕囚時代と呼び、その後の教会大分裂期も含めてカトリックの混乱、教会と世俗君主間の闘争の象徴的ことがらのひとつとされているのです。
800年のクリスマスに、フランク国王シャルル1世が、ローマのサンピエトロ大聖堂で教皇レオ3世の手により戴冠され皇帝[1]シャルル・マーニュ/カール大帝となったことが、中世ヨーロッパ世界の幕開けです。それ以来、ヨーロッパ諸国の君主とローマ教会はともに東方正教の東ローマ帝国とイスラム勢力に対抗するための協力関係を構築してきました。しかし、司教や大司教といった聖職者の任命権は世俗君主が握っていたため、聖職売買や聖職者の堕落といった教会の世俗化が進みます。やがてクリュニー修道院の主導で始まった教会改革は各地へと浸透していき、いわゆる聖職叙任権闘争へ発展するのです。1077年には、教皇権の優位性を示すことになる「カノッサの屈辱」事件[2] … Continue readingが発生。1122年のヴォルムス協約[3]神聖ローマ皇帝ハインリヒ5世と教皇カリクストゥス2世によるで叙任権は教皇にあることが定められて一端は決着します。ところがその後も対立は絶えることはなく、1303年には今度は「アナーニの屈辱」と呼ばれる決定的な事件が起きました。フランス王フィリップ4世による教皇ボニファティウス8世の捕縛です。この事件後勢いづいたフィリップ4世は、フランス人の枢機卿をクレメンス5世として新教皇に据え、アヴィニョンへの教皇庁移転をおこないました。アヴィニョン時代の7代の教皇はすべてフランス人です。結局その間にフランスはイギリスとの百年戦争に突入し、ペストの大流行に加えてローマ教皇領側勢力の反乱も相次いだことから、アヴィニョンでの教会統治は困難と判断され、1377年にローマへの帰還となりました。アヴィニョン捕囚は、教皇のバビロン捕囚とも呼びます。これは、紀元前6世紀に新バビロニアのネブカドネザル2世によって約10,000人のユダヤ人が捕虜としてバビロンへ連行された事件になぞらえているものです。
アヴィニョンでは現在も荘厳な教皇庁の建物が残り、往時を偲ぶことができます。残念なことに、教皇のローマ帰還後には徐々に荒廃し、フランス革命期に破壊や略奪の対象となったことから、内部にはほとんど見るべきものがありません。
この町には教皇庁以外にも観光名所があります。城壁からローヌ川に架かるサン・ベネゼ橋Pont St.Benezetです。この橋が完成したのは1185年のことで、天使からお告げを受けた少年ベネゼが仲間たちと建設を始めたといわれています。長さ920m、幅4m、22のアーチを持つ橋は、長きにわたってリヨンと地中海の間でローヌ川を渡ることのできる唯一の橋でした。しかし、洪水や戦争でたびたび破壊され、その都度修復、再建されてきたものの、1669年の増水で大破してしまい、それ以降は再建されることはなくなって、いまも残るアーチは4つのみです。
ローヌ川を上流へ向かって15㎞程の場所に、「教皇の新しい城」を意味するシャトー・ヌフ・デュ・パプChâteauneuf-du-Papeという町があります。ワイン産地としてとても名高いところです。もとは良質の石灰岩を産出することで知られていましたが、最初のアヴィニョン教皇クレメンス5世[4]在位1305-1314がここの土壌に着目し、ブドウ栽培をおこないました。それを継いだヨハネス22世[5]在位1316-1334はここに城塞を建設し、本格的にワインづくりを開始します。教皇がアヴィニョンを離れた後もワイン生産は継続され、ローヌワインの中でも高い評価を得るところまで成長しました。
さらにもうひとつ、この町を訪れたらぜひ見てほしいのが旧市街にあるレ・アル市場Les Halles。内部はプロヴァンスの産物を取り揃えた立派な市場ですが、その外壁は植物で覆われて美しい立体的な模様を見せてくれます。これはフランスの植物学者パトリック・ブランPatrick Blancがつくった垂直庭園Vertical Gardenです。単なる壁面緑化ではなく、すばらしいアート性がうかがえます。ブランはフランスだけでなく世界各地で多くの作品を手がけ、日本では金沢21世紀美術館で展示作品として観ることが可能です。また、世界的な気候変動への対応措置のひとつとしても、屋上緑化や壁面緑化が推進されています。国内では屋上・壁面緑化に対して、ヒートアイランド現象抑制のための助成金を設定している自治体も増えているようです。