フランスのレストランで食事をする場合、基本は前菜+メイン+デザートの3品の組み合わせでしょう。これがイタリアでは、antipastoアンティパスト(前菜)、primo piattoプリモ・ピアット(第一の皿)、secondo piattoセコンド・ピアット(第二の皿)、dolceドルチェ(デザート)という流れ。通常はアンティパストは冷菜で、省略されることも多いです。セコンド・ピアットはメインの料理のみなので、contornoコントルノ(付け合せ)は別にオーダーします。そしてプリモ・ピアットとして食べるのがパスタ。もちろんイタリアでは家庭の食卓にも頻繁にのります。パスタはイタリア人のライフスタイルには欠かせないものと言っていいはずです。イタリア・フード・ユニオンUnione Italiana Foodのパスタイタリアーニpastaitalianiのデータでは、イタリア人は平均で週に5回はパスタを食べ、一人当たりの年間消費量は23.1kg[1]どういう統計データかは不明となっています。
pastaパスタというのはpastasciuttaパスタシュッタの略語。狭義では乾燥パスタを意味します。実際には、小麦粉を材料にした麺類などで、ソースなどに絡めて食べる食材の総称です。パスタは中国起源でマルコ・ポーロがイタリアへ紹介したと言われることがありますが、これは大きな間違い。中国では紀元前からキビなどの穀物を使った麺類がつくられていたそうです。しかし、イタリア半島でもエトルリア時代(紀元前8世紀ごろから)には穀物を粉にして水と混ぜて食料にしていて、古代ローマになると、ショートパスタやラザーニャのような麺を食べていたことが分かっています。共和制ローマの時代からローマ市民には兵役義務がありました。その報酬はと言えば小麦の現物支給。それをパンやお粥、そしてパスタにしていたのです。
イタリアでパスタといえばal denteアルデンテが当たり前と思われているかもしれません。歯ごたえやのど越しだけでなく、硬めに茹でた方が香りが良いとか、でんぷんの放出が抑えられるので消化に良いというのも理由です。でも実際には、普通に販売されている乾燥パスタは、パッケージに表示された調理時間あるいは若干短めで茹でる人が多いのだとか。逆にさらに茹で時間を短くして、芯が残った硬いままのal chiodoアルキオード(爪)を好む人もいます。バリバリ音がするぐらいが美味しいらしいです。大抵のレストランでは、ソースや具材によって茹で時間を調整していますし、お客さんから要望があれば硬くも柔らかくもしてくれるでしょう。ちなみにスパゲッティをアルキオードにすると、フォークで巻き取ることが困難至極となります。いずれにしてもscottaスコッタ(茹ですぎ)が好きだと言う人はあまりいないはずです。⇒スパゲッティのお作法
トマト系、クリーム系のソースや肉類を使った多くのパスタやリゾットには、すりおろしたチーズをかけます。一般的なのはParmigiano Reggianoパルミジャーノ・レッジャーノとGrana Padanoグラナ・パダーノです。ローマを中心としたラツィオや南部イタリアでは羊乳チーズのPecorino Romanoペコリーノ・ロマーノも好まれます。チーズをかけてはいけないのが、魚介類を使ったものとアーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノのようなオイル系のパスタです。ただし、魚介でもクリーム系ソースがあるので、それにはチーズもOKとされています。
代表的なパスタ料理をご紹介。すでに耳慣れているものも多いでしょう。
ここには載せませんが、小生が子供のころから大好きなのがこれ⇒スパゲッティ・コン・ポルペッテ
Pasta al pomodoroパスタ・アル・ポモドーロ
トマトソースを塩だけで味付けしてバジルの葉を加えたイタリアで一番人気のパスタ。ショートパスタでもロングパスタでもいいです。トマトソースも至ってシンプル。湯剥きして種を除いたトマトをへらなどで軽く潰し、ニンニクを炒めたオリーブオイルの中に加えて滑らかにしていきます。あとは塩で味を調えるだけ。茹でたてのパスタを絡めて、お好みでバジルの葉を散らしましょう。すりおろしたチーズをかけていただきます。
パスタだけでなくイタリア料理に欠かせないのがトマト。南米からヨーロッパにもたらされた当初は主に観賞用とされていました。それが17世紀のはじめにスペイン統治時代のイタリア南部へ伝わり、気候にマッチしたことから、一部の食用に適した大きく瑞々しいトマトが栽培されるようになったのだそうです。

Pasta alla Carbonaraパスタ・アッラ・カルボナーラ
ローマの名物として有名。日本でも人気が高いですね。
この名前の語源は、アペニン山脈の炭焼き職人からとか、サルデーニャ島の鉱山の町カルボニアからとか、秘密結社カルボナリからとか諸説あってはっきりしません。使う材料は卵黄または全卵、グアンチャーレまたはパンチェッタ、ペコリーノ・ロマーノあるいは パルミジャーノ・レッジャーノ 、それに黒胡椒。日本ではよく生クリームが使われていたりしますが、イタリアでは絶対に入れません。guancialeグアンチャーレとはイタリア語で「枕」という意味。塩漬けした豚のほほ肉を熟成させたもので、バラ肉を使うパンチェッタと区別されます。ベーコンのように燻煙しません。ほほ肉はともかくバラ肉は手に入り易いと思うので、お手軽なパンチェッタづくり⇩に挑んでもいいでしょう。もちろんベーコンで代用しても大丈夫。
▽自家製パンチェッタ / Pancetta fatta in casa
豚バラ肉…500g
塩…大さじ4
黒胡椒…大さじ1/2
乾燥スパイス(タイム、オレガノ、ローズマリー、フェンネルなどを混ぜて)…大さじ1/2
肉にペーパータオルを巻き付け、手で軽く押さえながら表面の水分を吸わせて取り除く。
塩大さじ2を肉の表面に満遍なく擦り込む。
肉のすべての面を覆うようにペーパータオルを巻く。
その上からラップでくるみ冷蔵庫に入れる。
毎日ラップとペーパータオルを取り換えながら5日間置く。
5日経過したら、肉の周りの塩を水で洗い流す。
水分をしっかりと拭き取ったら、塩大さじ2を擦り込む。
黒胡椒と乾燥スパイスを混ぜ合わせ、肉の全面に塗す。
再度ペーパータオルとラップに包んで冷蔵庫へ。
同じようにペーパータオルとラップを毎日交換しながら5日間置く。
出来上がったら、使う分だけ切り取り、残りはラップして保存。(肉の周りの塩などはそのまま)

Rigatoni al Ragùリガトーニ・アル・ラグ
リガトーニは、表面に筋が入った筒状のパスタ。長さや太さはいろいろあります。ラグというのは肉の入ったソースのこと。フランス語の煮込み料理Ragoûtラグーからきています。ラグで何しろ一番有名なのはRagù alla Bologneseラグ・アッラ・ボロニェーゼ。所謂お馴染みのミートソースです。日本では家庭でも茹でたスパゲッティの上に缶詰のミートソースをかけるという食べ方で、かなり以前から定着していました。しかし、これは他の多くのヨーロッパ文化同様にアメリカを経由して伝わったもの。イタリアだとパスタをソースに絡めるところまでが調理なので、厨房で混ぜ合わせた状態で皿に盛られるか、テーブルの脇でカメリエーレcameriele(給仕人)が混ぜて取り分けるかになります。ラグはひき肉かみじん切りの肉を使うのが普通で、薄切りやぶつ切りの肉が入ることはまずありません。ただし、Ragù alla Napoletanaラグ・アッラ・ナポレターナというナポリの郷土料理は違うようです。大きめに切った牛や仔牛や豚、ときにはソーセージやスペアリブとかも加えて長時間トマトソースで煮込んでつくります。パスタにはトマトソースだけかけて食べ、肉はセコンド・ピアット(メインディッシュ)として別に食べるというスタイルです。

Linguine alle vongoleリングィーネ・アッレ・ヴォンゴレ
リングィーネは断面が楕円形になったロングパスタです。白ワインで蒸したアサリの出汁で食べます。スパゲッティを使っても構いません。美味しくつくるポイントはアサリの蒸し時間。殻が全部開いたら火からおろしましょう。アサリは火を入れ過ぎると縮んで硬くなってしまいます。
ヴォンゴレは日本でも1970年代から、ミートソースやナポリタンと並んで定番スパゲッティのひとつになりました。トマトソース仕立てのin rossoイン・ロッソもいいです。アサリを殻から外しながら食べるのが面倒くさいという諸氏もいるでしょう。でも全部が剥き身のアサリでは地味で趣きもありませんね。小生がよくやっているのは、先にアサリを蒸しておいて蒸し汁から出し、2/3程度の殻をはずす方法。パスタの茹で上がりに合わせて蒸し汁を加熱し、アサリを戻してパスタと和えます。盛り付けるときに殻付きのアサリを見栄えのいいようにうまく配置すればOK(⇩左の写真)です。

Bucatini all’Amatrichianaブカティーニ・アッラマトリチャーナ
これはラツィオ州のAmatriceアマトリーチェ[2]ローマの北東約150㎞の町で生まれ、全国に広まりました。pastaパスタ, pancettaパンチェッタ, pomodoroトマト, peperoncinoトウガラシ, pecorinoペコリーノチーズの5つの材料で作られるので5Pの料理と呼ばれます。ブカティーニはスパゲッティのようなロングパスタで、中に穴が開いているのが特徴。少し重めのソースによく合います。これとは別にAamatriciana bianca白いアマトリチャーナと呼ばれるパスタがあります。Pasta alla griciaパスタ・アッラ・グリチアのことで、アマトリーチェ発祥。グアンチャーレとペコリーノ・ロマーノと黒胡椒だけを使います。卵抜きのカルボナーラのような感じ。スパゲッティよりもリガトーニが合います。実はアマトリーチェにはこのパスタの方が先にあり、その後トマトソースに変化したのだとか。

Spaghetti aglio, olio e peperoncinoスパゲッティ・アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ
aglioニンニクとolioオリーブオイルとpeperoncinoトウガラシだけを使った一番シンプルで美味しいスパゲッティだと思います。社会人になりたての頃、出張でイタリアへ行って現地の取引先と食事をする際に、おすすめの料理を尋ねてみると、スパゲッティ部門ではこの一皿が圧倒的No.1でした。レストランだとメニューに載っていないことが多いですが、頼めばもちろん出してくれるでしょう。日本ではこれをそのまま提供するお店は見かけません。「ペペロンチーノ」という名前を付けて、大抵の場合、余計な具が追加されてしまっています。中にはあまり取り合わせの良くない具材もあって美味しくないこともしばしば。
この料理はナポリが発祥といわれ、たっぷりのイタリアンパセリを加えたVermicelli alla Borbonicaブルボン風ヴェルミチェッリ[3]ブルボンは18世紀から19世紀にかけてナポリ、シチリアを支配した王家も人気です。20世紀初頭までロングパスタはヴェルミチェッリと呼ばれていました。しかし、この言葉は芋虫やミミズを意味するヴェルメvermeの指小辞だったので、紐の意味のスパーゴspagoの 指小辞 であるspaghetto(複数形spaghetti)の方に取って代えられたのだそうです。今ではヴェルミチェッリはスパゲッティよりもちょっと太めのロングパスタを指します。この料理の決め手はエムルジオーネemulsione(乳化/エマルジョン)です。ニンニクとトウガラシの風味がしっかり入ったオリーブオイルに茹で汁を加えてスパゲッティに絡めます。オイルが多すぎると油っこくなり、水分が多いとべちゃっとしてしまうので、オイルより茹で汁が少し少ないぐらいが目安。この料理に限らず、オイル系のパスタの基本です。スパゲッティの茹で上がりに合わせ、ニンニクとトウガラシを入れたオイルを熱します。茹でたてのスパゲッティを加え茹で汁を足したら、フライパンの真ん中辺りに菜箸の先を広げて立て、フライパンを水平にクルクル回しましょう。こうするほうがフライパンを大きく振るよりも乳化しやすく、一本一本に絡まって手早くおいしい出来上がりになります。
このスパゲッティに、ペコリーノ・ロマーノとイタリアンパセリを加えたものがSpaghetti alla carrettieraスパゲッティ・アッラ・カッレッティエラ。シチリア、特に東部では一般的ですが、ローマでもお馴染みです。
