秋が深まってくると黄色くなった葉とともに存在感を増すのがイチョウGinkgo bilobaです。日本では全国で造園樹木として利用されていて、東京都や神奈川県、大阪府などの自治体の木としても知られています。路上で潰れたギンナンの匂いが苦手という方もいるでしょうが、とても身近で親しみのある植物のひとつといっていいかもしれません。街路樹や庭園、公園、それに学校などで見かけることが多いと思います。それというのも土壌を選ばず、成長が早くて萌芽力が優れているため剪定に耐えることと、大気汚染に対して強くて、耐火性にも優れているという、非常に強健な性質があるからです。
実はイチョウは1科1属1種。つまりイチョウ科イチョウ属の唯一の種なのですが、最初から1種だったわけではなく、他の多くの種が絶滅してしまったということです。それだけにイチョウは、大昔から永い時間を経て現代まで生き残ってきた生命の象徴ともいえるでしょう。イチョウは中国の原産です。その先祖は化石の存在から古生代に遡るといわれています。恐竜たちが跋扈していたジュラ紀には、イチョウの仲間たちは世界中に分布していたそうです。それが氷河期を通じて全滅し、イチョウだけが残りました。植物はその葉を見ると進化の違いがわかります。もっとも進化した葉は葉脈(葉の表面に走る筋)が網目状になっていますが、イチョウの場合は葉脈が二又にしか分かれていません。
植物には雄と雌があります。これも進化の度合いで構造が違っているわけです。いま当たり前にあるのはひとつの花の中に雄しべと雌しべが同居するかたちでしょう。これは雌雄同花と呼ばれます。自分で自分に簡単に受粉することができ種を遺すのも容易です。また、キュウリやヘチマなどで知られるように、ひとつの株に雄しべだけを持つ雄花と雌しべだけを持つ雌花が存在するタイプもありますね。これらは雌雄異花と呼ばれ、雌雄同花と合わせて雌雄同株(しゆうどうしゅ)とされます。これと区別されるのが、株によって雄花または雌花のどちらか片方だけしかつけることのない雌雄異株と呼ばれるものです。イチョウはこれに含まれ、ほかにもヤナギやソテツなどが同類にいます。
イチョウは漢字では「銀杏」です。ギンナンとも読みますが、ギンキョウという呼び方もあります。イチョウが日本から江戸時代にオランダへと持ち込まれた際、ギンキョウの音で名前が伝えられました。ところがその綴りをGinkyo あるいはGinkjoとするべきなのに、誤ってGinkgoと表記されてしまったそうです。そのため、いまでも英語を含め多くのヨーロッパ言語でイチョウは「ギンコー」と発音されるようになっています。
イチョウといえばゲーテJohann Wolfgang von Goethe。彼は植物学に造詣が深く、イチョウにも強い興味を持っていたそうです。1815年には、その当時居を構えていたヴァイマールWeimarで、親交のあった宮廷庭師へ依頼して大公[1]ザクセン・ヴァイマール・アイゼナハ大公カール・アウグスト邸脇にイチョウの木を植えました。立派に成長したその木は、ヴァイマールで一番古いイチョウとして「ゲーテ・イチョウ」の名が付けられ、天然記念物に指定されています。また同年に、マリアンネ・フォン・ヴィレマー[2]女優、ゲーテの共著者へ宛てて送られた手紙には、2枚のイチョウの葉とともに”Ginkgo biloba”(イチョウの学名)と名付けられた詩[3]西東詩集(West-östlicher Divan、1819年)に収録が。