カエデ

日本の秋の風物詩のひとつが紅葉です。漢字で書いて紅葉と黄葉はどちらも「こうよう」と読みます。でも、そのメカニズムは一緒ではありません。秋になって気温が低下すると、葉緑素の分解が起きるため、葉に含まれているカロチノイドという色素が表面にあらわれることで黄色くなるのが黄葉です。それに対し紅葉の方は、気温が下がることによって葉と茎の境に「離層」という組織が出来ることから始まります。すると葉で作られる糖類が移動できずに蓄積し、それがアントシアニンという色素に変化します。アントシアニンは、花や果実の赤、紫、青といった色のもとになる色素です。葉緑素が分解されてアントシアニンが生成されることで葉全体が赤くなります。夏の間の気温が高いときには蓄えられる糖の量が増えるので、猛暑のほうがより美しい紅葉が見られるということです。

その紅葉の代名詞といえるのがカエデ。色づく時期になると一層その存在感を際立たせます。現在の分類[1]APG体系ではムクロジ科に含められるカエデ属の属名はAcerアケルです。ラテン語で鋭いという意味があり、葉先が裂けて尖った形状からくるイメージで名付けられたのでしょう。150種以上あるカエデ属のほとんどは北半球の温帯を中心に分布し、日本にも26種[2]あるいは27種の自生種があるとされます。
日本で一般にカエデというと、真っ赤な紅葉が素晴らしいイロハモミジを指すことが多いはずです。イロハモミジの小種名は手のひら状を意味するPalmatumパルマトゥムといいます。葉がまさしく手のひらのように深い切れ込みが入っているからです。英語でもpalmateパルメイトゥというと手のひら状の葉や指を広げた形のこと。でも、palmate leafとなるとカエデのような葉ではなく、掌状複葉(ショウジョウフクヨウ)を表します。複葉とは成長の過程で葉の先端がいくつかに分かれて小葉ができるタイプで、トチノキやウコギ、アケビなどが掌状複葉の仲間。カエデのように一枚の葉に切れ込みが入るタイプは分裂葉と呼ばれ、英語ではlobed leafラウブド・リーフです。イロハモミジという和名は、葉に7つの裂け目があり、子どもたちがその尖った葉先をイロハニホヘトと数えたことによるとか。また、京都の紅葉の名所のひとつ高雄山からタカオモミジの別名もあります。

イロハモミジと同様に紅葉するのが、やや葉が大きめのオオモミジ(Acer amoenum)やその変種とされるヤマモミジ (Acer amoenum ver. matsumurae) 、さらに大ぶりの葉が天狗のうちわを連想するハウチワカエデ(Acer japonicum)、樹高も低くこじんまりしたコミネカエデ(Acer micranthum)など。黄色く黄葉するのは、葉が密に茂るイタヤカエデ(Acer mono var. marmoratum)や赤い花が枝から垂れ下がるように咲くカジカエデ(Acer diabolicum)などです。どれも葉先が5~7に裂けていてひと目でカエデの仲間だとわかります。しかし中にはマルバカエデとも呼ばれるヒトツバカエデ(Acer distylum)やミツデカエデ(Acer cissifolium)、メグスリノキ(Acer maximowiczianum)といった一見カエデには見えない仲間もいます。それでも果実のでき方を見ればすぐに仲間だとわかるはずです。カエデ属はだいたい共通して翼果(よくか)というふたつの羽根が広がったような形の実をつけます。それが風に乗り竹とんぼのように飛んで行くのが特徴です。

右:翼果

カエデの仲間とよく間違えられる樹木にフウ(Liquidambar formosana)があります。中国から渡来した植物で、フウ科[3]かつてはマンサク科フウ属というカエデとは全く別の種です。中国語で楓(または枫)と書き、この字が間違ってカエデに当てられてしまったのだとか。さらに近隣種で北アメリカ原産のモミジバフウ(Liquidambar styraciflua)は、葉にカエデのような深い切れ込みがあるうえ紅葉もするのでその名があります。街路樹や庭園樹としてよく使われていて、モミジだと思い込んでいる人も多いようです。

左:モミジバフウ

日本だけでなく欧米でもカエデはさまざまな自生種があって、とても身近な存在です。葉が大きく紫葉のものもありシンボルツリーとしても使えるノルウェーカエデNorway maple(Acer platanoides)や、はっきりとした斑入りのものが人気のネグンドカエデAshleaf maple(Acer negundo)など庭づくりの大事な要素として利用しています。しかしカエデといえば国旗に描かれているぐらいですからやっぱりカナダでしょう。カナダ東部のケベックシティから始まり、モントリオール、オタワ、トロントを経てセントローレンス川沿いにナイアガラまで至るルートは、メープル街道と呼ばれます。その名の通りどこまでもカエデの並木が続く場所です。特産のメープルシロップは、サトウカエデSugar maple(Acer saccharum)やアメリカハナノキRed maple(Acer rubrum)などから採れる樹液を煮詰めてつくります。

References

References
1 APG体系
2 あるいは27種
3 かつてはマンサク科