フランスの東部、アルザス地方の中心都市ストラスブールStrasbourgは、EU本会議がおこなわれる欧州議会本部と、人権や民主主義のための会合が開かれる欧州評議会が置かれた、ヨーロッパでも非常に重要な場所です。ライン川の支流のひとつであるイル川の中洲に位置する美しい旧市街は世界遺産に登録されています。南北に流れるライン川とヨーロッパを東西に結ぶ街道の交差点にあり、交通の要衝として、水運、物流の拠点となって栄えました。現在の地名は、ドイツ語で街道の街を意味するシュトラセブルクからきています。
ストラスブールの起源は古代ローマの時代に遡ります。ローマ属州ゲルマニア・スペリオルの前哨基地として建設され、アルゲントラトゥムArgentoratumと呼ばれていました。その名が歴史に登場するのは357年のローマ帝国軍とアレマン人Alemanniとの間でおこなわれた戦いです。アレマン人とはゲルマン民族の一部の部族連合の呼び名で、ライン川の上流域を拠点としていました。このアレマンを語源として、フランス語ではドイツをアルマーニュAllemagne、スペイン語ではアレマニアAlemaniaといいます。このときにはローマ側が勝利したものの、アレマン人はその後も帝国領への侵入を繰り返し、5世紀初頭には現在のアルザスからスイスあたりに定住するようになりました。その後も次々と押し寄せるゲルマン諸部族によって徐々にヨーロッパの国々が形作られて、いち早くキリスト教を受け入れたフランク王国が領土を拡げます。しかし9世紀になってルイ(ルドヴィッヒ)1世敬虔王Louis le Pieuxの息子たちによる領土相続争いが激化し、ローマ教皇と手を結んだ長子ロタール1世に対して、弟のルドヴィッヒ2世ドイツ人王Ludwig der Deutscheとシャルル2世禿頭王Charles le Chauveが同盟を結び、842年に交わしたのが「ストラスブールの誓いOaths of Strasbourg」です。お互いの配下の者にわかるように、相手の言葉つまりルドヴィッヒはフランス語(ガロロマンス語)、シャルルはドイツ語(リプアリ語)で同じ内容を書いた文書は、仏独の口語を記した最古の資料といわれます。
ストラスブールは神聖ローマ帝国の時代にとても繁栄し、17世紀のルイ14世治世時にフランスの領土となりました。その後は、ドイツとの戦争のたびにフランスになったりドイツになったりします。ストラスブールだけでなく、ライン川を国境としてドイツと対峙するアルザスや隣接するロレーヌという地方はつねに独仏間の係争地となってきました。そのため、国境がどこにあるかよりもアルザス人としての独自性を大切にしています。伝統的にアルザス地方で話されるアルザス語はドイツ語の方言です。第二次世界大戦のあとのフランス語教育強化もありましたが、地域言語重視の政策によっていまでも使われています。
ストラスブール旧市街のランドマーク的存在はノートルダム大聖堂です。12世紀から15世紀まで長い歳月をかけて建てられました。赤い砂岩を使ったロマネスクおよびゴシック様式の建物で、特にファサードの壮麗さには目を奪われます。向かって左にそびえる尖塔は高さが142mありますが、右には尖塔はありません。中へ入ったら壁面を覆う美しいステンドグラスや世界最大といわれる天文時計を見てみましょう。
アルザスは良質のワインを産出することでよく知られています。ストラスブールの北にあるマルレンハイムMarlenheimから南のタンThannまで約100kmにおよぶ地域は、ライン川とヴァージュ山脈に挟まれ、ブドウ栽培に適した気候、土壌からワインの一大産地となりました。アルザスワインはドイツワイン同様にほとんどが白ワインです。ワインボトルもドイツのラインガウやモーゼルのものと同じく細長い形をしています。使用するブドウ品種は8種類。基本的にはブレンドせずに単一品種でワインをつくるのが特徴です。
おいしいワインとともにアルザスの郷土料理も食べましょう。発酵させた千切りキャベツをジャガイモやハム、ソーセージなどとともに煮込んだシュークルート・ガルニChoucroute garnieはおそらく一番有名なアルザス伝統料理だと思います。ほかにも牛、豚、羊などの肉とジャガイモを専用の陶器の鍋で煮込むベイコフBaeckeoffe、ピツァのような薄い生地にタマネギやベーコンをのせて焼いたタルトフランベTarte flambée(アルザス語:フラムクーヘFlammekueche)など。スナックとしてつまむならプレッツェルがおすすめ。
ストラスブールは環境都市としても有名です。1989年から新しい政策を打ち出し、市街地への自動車の乗り入れを規制しています。最近は日本も含めた世界の多くの都市で導入されているLRT(Light Rail Transit)と呼ばれる新型路面電車をいち早く導入し、市内のほとんどの場所に簡単に移動できるようにしました。LRTの路線の停車場10箇所に大型駐車場があり、市民も市外から来る人も車はすべてそこに停めて、中心部へ行くにはLRTを利用しなければなりません。駐車場代にはLRT乗車券も含まれるパーク・アンド・ライドと呼ばれるシステムです。また、停車場には駐輪場も設置されていますが、LRT自体も自転車ごと乗ることができるつくりになっています。