北スペインへ行ったら飲むべきものはチャコリです。スペイン語ではChacolí、バスク語ではTxakoliと綴ります。バスクを中心にスペイン北部で産出される微発泡性のワインです。一般的には白ワインですが、赤もあります。バルでピンチョスをおともに一杯やるのがバスク流。チャコリは、現在ではバスク以外のスペインの他の都市で飲むこともできますし、日本でも入手可能です。しかし、そうやって広まったのは比較的に新しく、1900年代のこと。それまではバスクのローカルな飲み物でした。
サン・セバスチャンのバルでは、エスカンシアescanciaと呼ばれる高い位置からグラスに注ぐ方法で提供されます。エスカンシアというのは、チャコリだけでなくシードラ[1]リンゴ酒 アステゥリアス地方名産やほかのお酒でもおこなうもので、もともとは空気に触れさせることで味がまろやかになることを目的にしていたとか。ただし、これを見せるのは主にバルだけで、レストランではやりません。それと同じバスクのビルバオでも見たことがないです。そもそもこれをやらないとおいしくないというのだったら、家では飲めないので商品も売れないですよね。ですから、一種パフォーマンス的なものと思えばいいでしょう。
バスクというのは、ヨーロッパの大西洋岸のビスケー湾に面し、フランスとスペイン両国の国境にまたがる地域。バスク語を話し、伝統的な民族文化を受け継ぐバスク人が暮らす場所です。行政区分としては、スペイン側はバスク州とナバーラ州、フランス側はピレネー=アトランティック県の一部にあたります。およそ300万人の人口があるそうです。昨今、同じスペインのカタルーニャ州の独立運動がクローズアップされていますが、バスクは古くから民族主義が根強く、独立を目的とした過激な紛争を繰り広げてきました。バスク語ではバスク地方のことをエウスカル・エリアEuskal Herriaと呼び、イクリニャIkurrinaという旗も制定しています。スペイン・バスクの中心はビスカヤ県で、ここに人口も集中しており、人口密度はマドリード県、バルセロナ県に次いで国内第三位です。
スペインでは、1936年にフランコ将軍率いる陸軍のクーデターから内戦が勃発しました。反乱軍はドイツやイタリアの支援を受けてスペイン北部を制圧していき、共和国側の要衝とされたビスカヤの町ゲルニカは、ドイツのコンドル軍団[2]義勇軍の名目でありながら、実態はナチス・ドイツの空軍による無差別爆撃(リューゲン作戦)[3]リューゲンはバルト海に位置するドイツ最大の島の名を受けます。これを題材にしたパブロ・ピカソの絵画「ゲルニカ」[4]1937年のパリ万国博覧会でのスペイン館の壁画として制作は、制作当初は賛否が分かれていたものの、その後バスクの受難と解放のシンボルとして注目が高まりました。いまでは世界的に有名な芸術作品のひとつとして、常にピカソの名とともに語られます。「ゲルニカ」はフランコ政権時代にはアメリカで保管され、世界各地で公開されていました。そして、1981年にスペインに返還されマドリードへ。プラド美術館の別館での展示を経て、ソフィア王妃芸術センターに落ち着いています。
中世からビスカヤの村の代表者たちは、ゲルニカにあるヨーロッパナラの大木の下で集会を開いていたそうです。現在も、バスク議事堂の前にはバスク魂の象徴といえるナラの木[5]この木は5代目らしいですが立ち、そこでレンダカリLehendakariと呼ばれるバスク自治州首班の就任の宣誓が行われます。ヨーロッパナラはブナ科の落葉樹です。イギリスから中央ヨーロッパや東ヨーロッパまで広く分布しています。でもスぺインではナラの木が見られるのは北部だけです。ほかのほとんどの地域で自生しているのは、常緑のカシ。中でもセイヨウヒイラギガシQuercus ilexは一番ポピュラーな樹種といえます。
そんなバスクへ行ったら海の幸をつまみにチャコリのグラスを傾けましょう。もちろんエビやイカもおいしいですが、特に冬場にしかお目にかかれないウナギの稚魚は格別です。ご多分にもれず、スペインでも希少さが増して高嶺の花といったところ。スーパーマーケットなどへ行くと、パック詰めにされたウナギの稚魚と思しき食品が売られています。よく見るとAngulas de Surimiの表示。すり身のウナギという意味です。すり身はスペイン語でもスリミと言います。見た目はそっくりなので、本物か偽物かすぐにはわかりません。確かめる方法は目玉があるかないかだそうです。