5月から6月にかけて花を咲かせる木のひとつがトチノキAesculus turbinata。以前はトチノキ科として独立していましたが、新しい分類ではムクロジ科に含められています。樹高が20~30mにもなる落葉高木で、日本に自生するものの中では大木に育つことから、古くより木材として利用されてきました。ムクロジ科という名はあまり馴染みがないかもしれません。仲間には熱帯のフルーツとして知られるライチーやランブータンなどがいます。
トチノキといえば栃木。県の名前になるぐらいですから、トチノキの銘木が産出されるとかトチモチが名産だとかさぞかし関りが深いのではと思いがちです。実際に宇都宮の栃木県庁前には立派なトチノキの並木道があります。ところが、トチノキが栃木の県木となったのは昭和41年のこと。栃木県のウェブサイトによると県名の由来はいくつか説があるもののはっきりとはわかっていないそうです。また「栃」という字も漢字ではなく日本製の国字で、この文字の成り立ちも不明だとか。もともとはトチには「橡」の字がありました。しかしこれはクヌギ[1]ブナ科の落葉広葉樹とも読みます。中国でもこの字はクヌギのことで、橡子と書いてドングリの意味です。さらにクヌギは「櫟」や「椚」とも書きますが、「櫟」はイチイ[2]イチイ科の常緑針葉樹とも読みます。ややこしいですね。
本当の語源はアイヌ語に基づくそうです。
トチノキの特徴というとまずはその大きな葉でしょう。掌状複葉と呼ばれる手のひらのように広がった葉は、5つから9つに分かれています。落葉するときには、葉の一枚一枚が先に落ちてその後で葉柄[3]葉と枝をつなげている部分が落ちていきます。冬の間は丸裸になってしまっても春の訪れとともに葉が密に茂り、枝の先端につくのが大振りで印象的な花です。花の主軸が垂直に立ち上がり、白やピンクの円錐形をした大ぶりの花序となります。巨木となる場合があっても、比較的成長は遅く分枝も少ないのが特徴です。秋になると丸く堅い朔果[4]熟すと皮が割れて中の種子をはじき出しますというタイプのクリのような実をつけます。
トチノキの仲間にはセイヨウトチノキ(学名Aesculus hippocastanum)と呼ばれるものがあります。これはパリの街路樹としても名高いマロニエMarronnierのこと。パリに限らずヨーロッパでは並木を中心とした植栽によく見かける樹種です。トチノキとよく似ていますが、葉はやや小さめで花は逆にちょっと大きめという感じ。明らかな違いは果実で、表皮にトチノキにはないトゲがついています。
フランス語のマロニエとマロンmarronは混同しやすいです。クリ(ヨーロッパグリ、学名Castanea sativa)の木はシャテニエchâtaignier、その実はシャテーニュchâtaigneといいます。食用に適するように改良された大粒のクリの実のことをマロンと呼んでいましたが、17世紀にセイヨウトチノキが待ちこまれた際に、その実が似ていることからマロニエと名付けられ定着したのだそうです。区別するためにセイヨウトチノキの実はマロン・ダンドMarron d’Inde(インドのクリ)の名があります。実際にはバルカン半島が原産なのでインドとは関係ありませんが…。
ちなみにマロンはフランス語では茶色や褐色の意味もあり、英語で濃い赤茶色をあらわすマルーンmaroonの語源です。
「木曽のとち浮世の人の土産かな」松尾芭蕉の俳句です。木曽の山中でひろったトチノキの実をおみやげに持って帰るという場面。自分は現実世界とは隔絶された場所にいるんですね。