秋が深ままるとともにやって来る彩りと実りの季節。樹木の葉は色づき、収穫の時期を迎える果樹はもちろん、普段は目立たない生垣や植込みにも色とりどりの果実がついて目を楽しませてくれます。そして公園や並木道でこの季節によく見かけるのが、落ちてきて転がったたくさんのドングリです。
ドングリとは、もともとその樹液をカブトムシが大好きな、クヌギQuercus acutissimaの果実のこと。それが、似た形状のものを総称するようになりました。ブナ科のブナ属、コナラ属やシイ属、マテバシイ属それにクリ属、つまりカシ、ナラ、シイなどクヌギの仲間の果実のことです。果皮が非常に堅くなる特徴から果実の分類では堅果(けんか)と呼ばれます。帽子とかおわんと表現されるドングリの接続部分が殻斗(かくと)です。植物の分類をする場合にひとつの大事な要素は種子のでき方。同じブナ科のコナラ属はコナラ亜属Quercusとアカガシ亜属Cyclobalanopsisに大別されます。その際、コナラは落葉でアカガシは常緑とはっきり分かれていればわかりやすいです。しかし唯一、紀州備長炭の材料となるウバメガシQuercus phillyraeoidesだけが常緑なのにコナラの仲間とされています。それは、その殻斗の模様がほかのコナラ亜属の多くの種と同様に鱗を重ねたような形状だからです[1]クヌギやカシワなどの殻斗は鱗片が伸びて反り返ったような姿。アカガシ亜属のドングリは 殻斗 が縞模様になっています。植栽の仕事をする人の間では、植物の分類とは別に、ナラと言えば落葉、カシといえばウバメガシも含んで常緑を指して使われることが一般的です。
ほとんどのドングリはタンニンなどの成分のため渋が強く、食用には適しません。大昔には手間隙かけてその渋を抜いて食べていたとも聞いたことがありますが、今ではそこまでして食べることはないでしょう。しかしマテバシイPasania edulisやスダジイCastanopsis sieboldiiなどのシイの実は渋が弱く、いわゆる食べられるドングリです。ちなみにマテバシイの学名の種小名edulisとは食用という意味。そのままフライパンなどで炒って皮を剥いて食べることができます。
国土に占める森林の割合を森林率と言います。日本は山岳地帯が多いこともあり、70%近くの森林率です。これがヨーロッパでは大きく異なります。日本と同程度の森林率があるのはフィンランドとスウェーデンだけです。ドイツ、フランス、イタリアなどは概ね30%台。山が多く森が広がっているイメージのノルウェーやスイスも同じぐらいしかありません。でも、かつてのヨーロッパは森林と沼地が大部分を占めていたのです。中世以降人々は森を切り拓き沼を干拓しては村や畑を作り、木や水を利用しつつ自然との共生をはじめます。それでも森は生活圏を取り囲み、鬱蒼として薄暗く神秘的であり、何が潜むかわからない怖さも兼ね備えたところでした。しかし時代が進み、人口が増加するとともに燃料や建材として利用するために木々は伐採され、森林はみるみる減少。近世になると森林破壊は社会問題のひとつとなりました。19世紀ごろから各地で植林が行われるようになって、徐々に回復に向かっている国もあります。そんなヨーロッパの森林を構成する樹木の多くは落葉樹です。中でもナラ類はもっとも広範囲に広がり数も多くもっとも身近な木だといえます。大きなものは30mを越す樹高となり、しかも2000年以上の樹齢を保つといわれていて、まさにヨーロッパでは樹木の王様といえるでしょう。
森とともに暮らしていた中世ヨーロッパの人々が、最大のたんぱく供給源として飼育していたのが豚です。毎年秋の終わりになると、村人は挙って豚を連れ森の中に入ります。森のドングリをお腹いっぱいに食べさせるためです。そして十分に太ったところで捌いて冬の間の保存食にしました。2000年代になってからだと思いますが、スペインのイベリコ豚のハムJamón Ibéricoが高級食材として人気です。特に、スペイン語でドングリを意味するベジョータbellotaと呼ばれる豚のハムは優良とされます。森の中で自然飼育され、ドングリだけを餌とするためオレイン酸が多く含まれたいい肉質になるらしいです。つまり、昔ながらの飼育を続けている豚が一番ということかもしれません。
References
↑1 | クヌギやカシワなどの殻斗は鱗片が伸びて反り返ったような姿 |
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