ナデシコ

古くから素敵な日本女性を形容する言葉として「やまとなでしこ」が使われます。もともと清楚で慎ましい、おしとやかな女性のことでしたが、戦国時代以降には加えて芯の強さをあわせもつ人を意味するようになったようです。その名は植物のナデシコ(撫子)によります。ナデシコは日本に自生する多年草で、万葉の時代から日本人に愛されてきた花のひとつです。小さく繊細な花から、かわいらしい子供や女性をイメージして撫子と名づけられました。万葉集には大伴家持をはじめ多くの歌人が詠んだ26首のナデシコの歌があるそうです。枕草子の中に「草の花は撫子、唐(から)のはさらなり、大和のもいとめでたし」とあり、「中国から渡来したカラナデシコは言うまでもないことではあるものの、日本のナデシコもとてもすばらしい」という意味で表現されています。カラナデシコとはセキチク(石竹)のこと。葉が竹に似ていることからその名があり、ナデシコと比べると草丈も花も大きく立派です。日本固有種のナデシコをカラナデシコと区別するために大和撫子の名が使われるようになり、やがて女性の姿を表現する語句となったのでしょう。平安時代の漢和辞典にあたる「和名類聚抄(わめいるいじゅしょう)」の二十巻本[1]十巻本と二十巻本があり構成が違うでは、草本類が書かれた巻二十の漢語「瞿麦(くばく)」の項に、「和名奈天之古一云止古奈豆」(和名ナデシコ、云くトコナツ)とあります。ナデシコの異名としてトコナツも知られていて、源氏物語の第26帖のタイトル「常夏」もナデシコを詠んだ歌が題材です。
通常、ナデシコと呼ばれる植物は、カワラナデシコのことです。河原に限らず山や野原でも自生しています。日本でのナデシコ属の仲間は、海辺の岩場に生えるハマナデシコやその名の通り信州を中心とした本州の中部にだけ分布するシナノナデシコ、本州や北海道の高山帯に住むタカネナデシコなどです。
学名ではナデシコ属をディアンサスDianthusといいます。ギリシャ語で神を意味するdiosと花を意味するanthosを組みあせた言葉で、神々の花ということ。ナデシコ属には約300の種があり、ほとんどがアジアとヨーロッパが原産地の多年草です。日本では平安時代からナデシコやセキチクの栽培がおこなわれ、江戸時代には品種改良が盛んになって品評会も開催されました。ヨーロッパでのナデシコ属の扱いはカーネーションが主流で、15世紀ごろから園芸用の栽培が始まり、その後イギリスで数多くの品種が生み出されたといわれます。カーネーションは、日本には17世紀の中ごろにオランダからはじめて持ち込まれ、オランダ語名のanjerアニェルやanjelierアニェリエルから、アンジャベルという名で呼ばれていました。

左:アメリカナデシコ / 翡翠・鳶尾艸・瞿麦(カワセミ・シャガ・ナデシコ)葛飾北斎画

ナデシコの英語名はピンクpinkです。花がピンク色だからではなく、ナデシコの花色のほうが先で、それが色の名前になりました。英語でギザギザに切ることをpinkといいます。ナデシコの花弁の周囲が、はさみで切り込みを入れたように細くギザギザなことから付けられた名前です。

References

References
1 十巻本と二十巻本があり構成が違う