メイポール

ヨーロッパ、特にアルプス以北では、冬は暗くて冷たく長い季節です。そして、復活祭も過ぎる頃になると待ちに待った春がやってきます。若葉が萌え花の咲き乱れる春から初夏にかけては一年でもっとも美しく、人々を自由で楽しい気持ちにさせる時期です。
5月は英語ではMay、フランス語、ドイツ語ではMai、スペイン語ではMayo、イタリア語ではMaggioとどれも似ています。この言葉の起源は、古代ローマ神話の春を司る豊穣の女神マイアMaiaなのだとか。5月1日といえば労働者の日「メーデー」。これはもともとマイアに供物を捧げ、その年の豊かな実りを祈る日だったそうです。それがケルトやゲルマンの祝祭と結びつき春の訪れを祝うお祭りとなりました。いまもヨーロッパ各地ではさまざまな「5月祭り」がおこなわれていますが、キリスト教とは無縁の伝統的な行事が広く定着しているのはとても珍しいといえるでしょう。

5月祭りで忘れてならないのはメイポールMaypoleです。5月の柱とは、山から伐り出してきた大木の枝を払い、飾りを施して村や町の広場に立てる儀式のこと。使われる木はその土地によっていろいろです。ドイツではモミやトウヒ、イギリスではシラカバやサンザシ、ほかにもブナ、カシなどが利用されます。その大きさや形も国や地域によって違いがあり、3mほどのものもあれば15m以上の高さのもの、色を塗ったり若葉を巻きつけたり花を飾ったりするものなど。ディズニーの映画「アナと雪の女王」”Frozen”[1]2013年公開にも登場する場面がありました。
お祭りではこの柱を囲んで催しが行われます。そのひとつがメイポールダンスです。柱の上部から色とりどりのリボンを伸ばし、柱の周囲に輪になった人々がそのリボンを引っ張りながら踊ります。ただ踊るだけではありません。決められたとおりに動くことで、リボンを編みながらきれいに柱へと巻きつけていくのです。

メイポールを立てる習慣がいつどのように始まったのかについては諸説あり、はっきりわかりません。北欧神話では、宇宙の中心にあるユグドラシルYggdrasilと呼ばれる神聖で巨大な木がすべてを支え、また天と地を結んでいるとされました。メイポールはそれを象徴しているともいわれます。古来多くのゲルマン部族には樹木信仰があり、大木のもとに集まって語り、歌い、踊るという習慣を持っていました。今でも大きな老木を大切に保存しているのを見かけることがあります。

ロンドンの金融取引の中心であるシティ・オブ・ロンドン。その一角にセント・アンドリュー・アンダーシャフトSt.Andrew Undershaftという変わった名前の古い教会があります。12世紀に創建され、現在残る建物は1532年に建てなおされたものです。実は、かつて教会の向かいに大きなメイポールが立てられており、それが教会の塔よりも高くて教会を見下ろすようにしていたことからこの名で呼ばれるようになりました。通常メイポールは、毎年新しい木を伐り出して運び、据え付けるのですが、ここでは設置されたまま毎年メーデーの祭りで使用する習慣になっていたそうです。しかし、1517年のメーデーで外国人排斥を訴える集団が暴徒化した[2]Evil May Day邪悪なメーデーと呼ばれる事件ことにより、このメイポールは撤去され、さらに1547年には異教の象徴として破壊されてしまったとのこと。現在は近くにメイポールの小さなレプリカが置かれています。

左:ナラの老木 / 右:セント・アンドリュー・アンダーシャフト教会

よく料理に使われるジャガイモのひとつメークイーン。粘質系のため煮崩れしにくいのが特徴です。イングランドで開発された品種で、1908年に、男爵イモで名高い川田男爵によって日本へ持ち込まれ、栽培がおこなわれるようになりました。メーデーのお祭りでは、女神マイアを崇拝する古代からの習俗に由来する行事として、それぞれの町や村でMay Queenと呼ばれる少女を選ぶことが伝統的におこなわれます。品種の名称はそこから付けられたものです。メークインは日本ではおそらく誰でも知っているジャガイモですが、世界的には無名で、5,000種あるといわれる品種のうちのひとつにしか過ぎません。

左:19世紀のMay Queen / 中・右:いろいろなジャガイモ

References

References
1 2013年公開
2 Evil May Day邪悪なメーデーと呼ばれる事件