ワイングラス

ワイングラス、シャンペングラス、カクテルグラスなどのステムstem(脚/フランス語pied)が付いているグラスで飲む場合は、ステム、それも下の方を掴むのが常識です。なぜならステムはそのために付いているから。ボウルbowl(鉢/フランス語calice)の部分を持つのであれば長い脚は必要ないですよね。
さらに言うと、むかしからヨーロッパで正しいワイングラスの持ち方とされたのは、ベースbase(台座/フランス語base)部分を持つ方法です。最初にステムの最下部を親指と人差し指で持って手前に少し傾け、ベースの下から中指、薬指、小指で支えます。親指でベースの上側を押さえながら人差し指も下へ回り込ませて持ち上げるというやり方。慣れないと動きがぎこちなく、バランスを失ってグラスを倒したりする危険性があるので、練習が必要です。片手が難しければ、もう片方の手でステムをサポートしても構いません。特にワインをメインに楽しむような場合にはこの持ち方にするのもいいです。

左:Le Déjeuner d’huîtresドゥ・トロワ画(部分・1735年・コンデ美術館)/右:Het glas wijnフェルメール画(部分・17世紀・ベルリン絵画館)

ボウルを持たない理由は主に4つ。
まずは、体温でワインが温まり、香りや味が変わってしまう恐れがあること。もともとガラスは熱伝導率が低い物質です。でも、ワイングラスは窓ガラスとは違って極端に薄く作られています。温度変化は少ないほうがいいわけです。次に、ボウルを持ってしまうと色や香りを楽しむのが難しいこと。グラスを傾けたり持ち上げたりしてワインの色や反射を見るのも楽しみのひとつです。香りを立たせるにはステムを持ってグラスを大きく回す必要があります。そして、たとえ指が汚れていなくても、指の跡がグラスに付いてしまうかもしれないこと。これは見た目の問題です。さらに、自分の手首ついている香水、服の袖についている洗剤や柔軟剤の痕跡がワインの香りと混じってしまう場合があること。

さて、時々、グラスはステムでなくボウルの方を持つのが正式なマナーだという内容を目にします。もちろん、これは大間違えです。そう主張する方が挙げる理由として、各国の国家元首が主催するような公式晩餐会ではみんなステムの部分は持っていないからということです。実はこういう場面での決まりというか暗黙の了解のようなものがあります。晩餐会、歓迎会、祝賀会といった国際的に公式な行事では、飲んだり食べたりすることよりも、初めて会う人、滅多にお目にかかれない人と挨拶しグラスを合わせることが目的です。何度も乾杯の動作をしなければなりません。ですからグラスの中身がなんであれ味わって飲むのではなくちょっと口をつけるだけ。その時にステムを持っていると大きくグラスを傾けたり、腕を持ち上げたりしなくてはなりません。でもボウル部分、ソーサーシャンペンではほぼ縁の部分を持つことで軽く待ち上げれば済むわけです。
晩餐会でボウルを掴んで乾杯していたフランス大統領もドイツ首相も中国国家主席もワインを嗜む機会にはステムを持って味わっています。

普段の生活でお手軽ワインを飲むときには、どんなグラスをどう扱うかは問題ではありません。お作法で大事なのは正しく知っていること、必要な場面やふさわしい状況で実践できることです。