ワスレナグサ

可憐な花をたくさんつけて春から初夏にかけての花壇を彩るワスレナグサ。古くからなじみのある鮮やかな水色の花が主流ですが、この頃はピンクや白、紫などの花色もあります。大きくは広がらず、葉も花も小さいことから、どちらかというと脇役という立場で、ボーダーガーデンの前列とかコンテナやハンギングバスケットの寄せ植えによく使われるのではないでしょうか。ワスレナグサの名前は、英語名Forget-me-notから付けられたものです。この名の由来というのがいくつかあり、ひとつは、神が天地創造をされた際に、地上のすべての動植物に名前を付けて立ち去ろうとしたところ、足元で「私を忘れないで」と囁く花がありました。神はその花に名前を付け忘れたことに気づき、二度と忘れないためにその名を付けたそうな。またそのほかにも、恋人のためにこの花を摘もうとして川で水死した青年の伝説があります。川に落ちる寸前に、花を投げて「私を忘れないで」と言ったのだとか。ワスレナグサはその名前から、戦死した人、虐殺された人を偲ぶ象徴として使われることもあります。
この植物はもともとヨーロッパ原産で、シベリアまでの広い地域で牧草地や土手に群生する多年草です。ただ、暑さに弱いため日本では一年草として扱われます。花後は結実しやすく、こぼれ種でもよく殖えるので、放っておいても毎年楽しむことができるかもしれません。
ワスレナグサの特徴的なところは、その花序つまり花のつき方にあります。先端の花の下から一方向にだけ横枝が出ていくことを繰り返すため、先に向かってらせん状に伸びるのです。サソリの尻尾のように見えることからサソリ型花序と呼ばれます。ワスレナグサの学名は、Myosotis scorpioides。前半の属名はハツカネズミの耳を意味するギリシャ語で、多毛で細い葉の形状からつけられたもの。後半の種小名はサソリ型をあらわした名前です。
ワスレナグサがアラスカ州の花として紹介されることがあります。しかしながら、これは学名がMyosotis alpestris(英語名alpine forget-me-not)という草丈の低い別の高山植物です。
ニュージーランドの南島の東1,000kmほどの場所にあるチャタム諸島には、Myosotidium hortensia(英語名Chatham island forget-me-not)という植物がいます。これはこの土地の固有種でしかも単型種です。つまりその属にはその種ひとつしか存在しません。英語名が紛らわしいですけどワスレナグサとは随分違うような気がします。

左:違う花色の混植も素敵です / 右:Myoaotidium hortensia

ワスレナグサはムラサキ科に分類されます。日本語の科名となっているムラサキは、その名の通り紫色の染料として古くから使われてきたものです。日本の固有種で、かつては日本全土に自生していましたが、いまではほとんど見ることができなくなり、絶滅危惧種となっています。同じムラサキ科には、ハーブとしても知られていて青や紫の花が美しい歌壇向きの植物があるのでご紹介しましょう。 
ヘリオトロープHeliotropeは、ペルーが原産の多年草。紫と白の混じった花が半球状に密集して咲くのが特長です。バニラに似た甘い芳香があり、香水の原料やポプリとして利用されます。ヘリオトロープの名は、ギリシャ語で太陽に向かうという意味で、昔はヒマワリ同様に太陽の動きに合わせて回転すると思われていたそうです。ボリジBorageは、和名をルリジサという一年草。全体が白い毛に覆われた姿と、鮮やかなブルーで星型の花から一目でそれとわかります。地中海沿岸地域が原産で、ヨーロッパでは古くから食用あるいは飲用とされてきました。アルカネットAlkanetはワスレナグサと同じサソリ型花序です。小さな星型で紫の花をつけます。その根茎をアルコールに浸すと赤い色素が抽出され、かつては衣服の染料や化粧品の着色用に使っていました。
また、いまではあまり聞かなくなりましたが、以前には健康食品として流通していたのがコンフリーComfrey(学名Symphytum officinale、和名ヒレハリソウ)です。民間療法のレベルであるものの、根や葉を食用にしたりハーブティーとして利用していました。ところが、摂取による肝障害が指摘されて、2004年に食品としての販売が禁止になり、もうほとんど目にしません。草丈が大きい割りに花が小ぶりなので観賞用にもあまり向かないことも理由でしょう。

左:ヘリオトロープ / 右:ボリジ
左:アルカネット / 右:コンフリー