清張 黒の5 「福音」/ SEICHO BLACK THE FIFTH, “EVANGEL”

「黒の福音」は、1959年3月に発生した、未解決事件として知られる「BOACスチュワーデス殺人事件」を下敷きにして、清張独自の視点で描いた長編です。「週刊コウロン」(中央公論社)に1959年11月から1年間連載されました。本編は二部構成となっていて、舞台となる教会の戦前に遡る沿革や人間関係から始まり、殺人事件の発生までを描く第一部と、遺体発見から警視庁の捜査に的を絞った第二部(連載時は「燃える水」のタイトル)によります。

BOACとはBritish Overseas Airways Corporation英国海外航空のこと。1939年にインペリアル・エアウェイズとブリティッシュ・エアウェイズが合併してできたイギリスの国営航空会社です。その後1974年になってBritish European Airways(BEA)と統合して現在のBritish Airwaysブリティッシュ・エアウェイズ(BA・英国航空)となりました。BOACは、1966年3月に乗客乗員124名を乗せたB707型機が、乗客へのサービスとして既定のルートから外れた富士山付近を航行中に、激しい乱気流に巻き込まれて空中分解をするという痛ましい事故も経験しています。

左:BOACのコメット / 右:ブリティッシュエアウェイズのA320

現在はスチュワーデスという呼びかたはしなくなりましたね。ギャビンアテンダントやキャビンクルー、またはフライトアテンダント、さらに略語としてのCAやFAなどが一般的かもしれません。小生が航空グループ勤務時代には、「客室乗務員」あるいは単に「客室」と呼んでいました。かつては、容姿端麗にして語学堪能な良家の子女しかなることのできない憧れの職業のようなイメージがあったかと思います。1980年代ごろにアジアやヨーロッパの国々で受けた印象は、概ね似かよった感じでした。しかしアメリカだけは違っていて、労働条件のさほど良くない肉体労働という位置づけにあったのには少々驚いたものです。日本でもいつの頃かスッチーなどと軽く扱われた時代もあり、女性の働き方も多様化していく中で、往時の地位からは変化してきたことも確かだといえます。

さて、そんなBOACのスチュワーデスになったばかりだった武川知子(たけかわともこ・当時27歳)が、杉並の善福寺川で遺体となって発見されたのが実際の事件です。当初は自殺と思われたことから捜査が遅れました。他殺の線が濃厚となって、警視庁は被害者と交流のあったサレジオ修道会のベルギー人神父ベルメルシュに嫌疑をかけます。でも、決定的な証拠がないままに神父は出国。そのまま公訴時効を迎えたのです。サレジオ会には、出版事業のために設立したドン・ボスコ社による、戦後の救援物資横流しなどで蓄えた資金で布教や教育施設を建設したとの疑惑もありました。また、殺人事件後に多数のBOAC乗務員による宝石類の密輸が発覚したことも加わったため、単なる殺人ではなくその裏に大きな謀略があるのではとの見方が強まり、耳目を集めて世の中の大きな話題ともなったのです。清張自身も、本編連載開始前に「『スチュワーデス殺し』論[1]婦人公論臨時増刊昭和34年8月号「美しき人生読本」掲載・松本清張全集13(文藝春秋刊)に所収」なる本事件の考察を記し、日本の国際的地位の弱さを指摘しています。

1953年に「或る『小倉日記』伝」で芥川賞を受賞した清張は、朝日新聞西部本社から東京本社へ転勤となります。上京してすぐに下宿していたのは荻窪(その後1961年に自宅を構えたのが高井戸)でした。そのため、比較的狭い範囲で繰り広げられた本事件の関係箇所には土地勘もあったはずです。本書執筆に際しては、より臨場感のある描写が可能になったのでしょう。本編中に登場する固有名詞の一部はイニシャル表記です。中央線Sは新宿、Oは荻窪、Mは明大前、K元公爵とは近衛文麿、S道路は水道道路で、現在の井ノ頭通りのこと。その他の人物や団体などの名称は変名で扱われており、地名も高井戸が高久良、善福寺川が玄伯寺(げんぱくじ)川となっています。

グリエルモ教会の若い神父トルベックは、毎日ミサを執り行うために幼稚園「ダミアノ・ホーム」へ通っていました。そこで新しく保母になったのが生田世津子。いつしかふたりは親密な関係になります。そんなある日、彼は教会と深いつながりのあるランキャスターから、世津子をEAAL(欧亜航空路会社)のスチュワーデスにしたいと持ち掛けられました。しかし、そこにはランキャスターのある謀略が潜んでいて、世津子を利用しようとする計画なのです。ランキャスターは表向きは貿易商でありながら、裏では手広く闇の商売を手掛けているようで、政財界を含めた様々な分野に大きな影響力をもっています。その手回しで、世津子は見事に狭き門を通過してスチュワーデスとして採用されました。ところが、彼女は悪事に加担することを拒絶します。ランキャスターからの圧力と世津子への愛情との間で苦悩するトルベック。やがて悲劇が…。

この小説を初めて読んだのがいつだったか忘れてしまいましたが、手にしたのは単行本として最初に刊行された、1961年初版の中央公論社版(装丁は真鍋博!)です。その中ではキリスト教の聖職者を終始「信父」と書いていました。「神父」の読み替えのようですが、「信父」なる言葉は存在しないので、なぜ単語を交代したのか不思議に思ったものです。ところが、その後入手した「松本清張全集13」の収録版(1972年発行・文藝春秋)では、「信父」がすべて「神父」へ置き換わっていました。理由は不明です。ちなみに実家の書庫にあった1966年初版の角川文庫版を確認したところ、「信父」でした。

左・中:1961年中央公論社版 / 左:1966年角川書店版

ちょっと気になるのは、嫌疑のかかったトルベックをはじめ聖職者が集団生活を送っている場所を常にグリエルモ教会と記していたこと。「教会」とは信者が集って聖職者の説教に耳を傾け、ともに祈る場所です。これに対して、規律正しい質素な集団生活を営むのは「修道院」。そこに付属する教会はあります。たとえば、フランスの世界遺産でパリのノートルダムは教会、モンサンミシェルは修道院です。

左:ノートルダム大聖堂 / 右:モンサンミシェル

タイトルにある「福音」というのは、特にキリスト教で使われる重要な言葉で、「良い知らせ」を意味します。新約聖書のはじめの4篇は、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4人の書記者による福音書です。キリスト教の教えを知るうえでで最も重要な部分といえるでしょう。小生も高校時代の礼拝や聖書の授業で繰り返し学んだことを憶えています。英語で福音はgospelゴスペル。それともうひとつevangelイヴァンジェルともいいます。いずれも「良い知らせ」を意味する古英語のgodspellゴッドスペル、ギリシャ語の Εὐαγγέλιονエワンゲリオンが語源です。ふたつの語は微妙に違います。ゴスペルは福音そのものですが、イヴァンジェルは伝道も合わさった言葉だと思ってください。ついでですが、4人の福音書記者にはそれぞれのシンボルがあります。マタイは人(天使)、マルコはライオン、ルカは雄牛、ヨハネは鷲。このページ上部アイキャッチの右は福音書記者とそのシンボルが描かれた絵画(ルーベンス画・サンスーシ絵画館蔵)です。

「黒い福音」を英語にすると”black gospel”。つまりアフリカ系アメリカ人による宗教歌、いわゆる「ゴスペル」のことを意味します。もちろん小説のタイトルはそれとは別で、聖職者の犯罪を表現しているわけです。

References

References
1 婦人公論臨時増刊昭和34年8月号「美しき人生読本」掲載・松本清張全集13(文藝春秋刊)に所収