満潮に乗って

Taken at the flood(1948年)
エルキュール・ポアロが活躍するアガサ・クリスティの小説の中で、そこまで有名ではないけれども、とても面白くてお薦めできる作品としてご紹介します。ただし、内容はあくまでも利己的視点によるものなのでご容赦を。
タイトルは、エピグラフ(題字)に書かれているウィリアム・シェイクスピア作「ジュリアス・シーザー」”The Tragedy of Julius Caesar”の一節です。主人公のブルータス(マルクス・ブルトゥス)が語る言葉によります。
There is a tide in the affairs of men     
およそ人の行いには潮時というものがある、
Which, taken at the flood, leads on to fortune;
うまく満潮に乗りさえすれば運はひらけるが、
Omitted, all the voyage of their life
いっぽうそれに乗りそこなったら、人の世の船旅は災厄つづき、
Is bound in shallows and in miseries. 
浅瀬に乗り上げて身うごきがとれぬ。
On such a full sea are we now afloat, 
いま、われわれはあたかも、満潮の海に浮かんでいる、
And we must take the current when it serves
せっかくの潮時に、流れに乗らねば、
Or lose our ventures.
賭荷も何もかも失うばかりだ。
(恩地三保子訳・早川書房)
シーザー(カエサル)暗殺後にマケドニアを拠点としたブルトゥスが、盟友カシウスに対して今が決戦の時だと告げます。その後のカエサルの亡霊が現れる名場面に至る見せ場の台詞です。結果、彼らは、ローマ本国で力を付けてカエサルの復讐を目指すアントニウス、オクタヴィアヌス、レピドゥスの三頭政治勢力と、フィリッピ[1]現在のギリシャ東部カヴァラΚαβάλαの北・新約聖書「ピリピ人への手紙」のピリピで対峙して敗北しました。
上記の二行目の部分がタイトルになっている重要な文章です。よく間違った言葉の使い方として取り上げられる「潮時」は、好機、適期という正しい意味になっています。しかし、”taken at the flood”というフレーズに対して「満潮に乗る」という表現は、日本語としては少々違和感があるように思いませんか。ほかの方の翻訳のいくつかはこのような感じです。
「満潮に乗じて事を行ヘば首尾よく運ぶが…」坪内逍遥
「うまくあげ潮に乗れば幸運の港に達しようが…」小田島雄志
「一度そのさし潮に乗じさえすれば幸運の渚に達しようが…」福田恆存(つねあり)
“at the flood “は潮が満ちてきた状態のことで、そこから「好機に」という意味で使われます。なので、「好機をとらえて」のイメージからは、あげ潮、さし潮のほうが分かり易いのではないでしょうか。
実際には、カエサルの時代も含めて古代のギリシャ、ローマにおいての「海」である地中海やエーゲ海は内海なので、潮の干満の差がほとんどありません。ですから潮に乗って船を進めるということは無かったわけです。逆にシェイクスピアの住んだイングランドあるいはスコットランドにあっては、干潮時と満潮時では海岸の景色がガラッと変わるほど潮位の差があります。「満潮に乗る」という表現が伝わるのはイギリスだからでしょう。蛇足ですが、日本でも研究されているように、潮の満ち引きの際の海水の移動を利用した潮力発電は次世代エネルギーのひとつとして期待され、フランスやイギリスでは本格的導入が計画されているようです。
古代の海に活躍したのはガレー船Galleyです。風の向きや大きさに関わりなく、しかも沿岸地域の複雑な地形での航行を可能にするため、たくさんの櫂を同時に漕いで人力で進むというもの。ガレー船は中世以降も使われていたものの、遠洋へと繰り出す15世紀以降の大航海時代には、キャラベルCaravel、キャラックCarrack、ガレオンGalleonといったマストが3~5本の大型船が主流となりました。ちなみにガレーの語源は定かではないようですが、飛行機や列車や船の調理スペースの「ギャレー」と、ゲラ刷りで耳にしたことがあるであろう活版印刷の活字を並べる箱「ゲラ」も同じ英語のgalleyです。

左:カエサル / 右:ガレー船

シェイクスピアは「ジュリアス・シーザー」以外にも「アントニーとクレオパトラ」や「コリオレイナス」といった古代ローマを舞台とした作品を書いています。これらすべてはプルタルコスPlutarchus(英語名:Pultarchプルターク)の「対比列伝」”Bíoi Parallēloi”(英語名:Parallel Lives、直訳すると並列伝記)[2]日本語訳の題名は「英雄伝」の記述をベースに書かれたものです。2世紀に著されたこの本は、古代ギリシャと古代ローマの偉人たちの生涯を、似ている者同士で比較した内容。この中でカエサルはアレクザンダー大王と並べられています。
「ジュリアス・シーザー」といえば、親しい人物の思いもかけぬ裏切りに遭った際に使われる成句「ブルータスよ、お前もか?」”Et tu Brute?”が有名。カエサルが放った言葉ではなく、シェイクスピアの創作ではあるものの、正に劇的な場面にピッタリですね。

さて、「満潮に乗って」は、あげ潮に乗っている時は万事順調であっても、一旦潮目が変わってしまうと人生は逆転してとんでもない窮地に陥るという物語。百万長者のゴードン・クロードは、かねて一族の者に対して経済的援助を惜しまず、将来に亘っても心配いらないと告げていました。しかし、彼はアメリカで若い未亡人ロザリーンと再婚した直後に帰国したものの、不幸にもロンドンの自宅でナチス・ドイツの空襲により亡くなってしまいます。遺言書は無く、遺産はすべてロザリーンのものとなったのです。このことでお先真っ暗な状態に追い込まれたクロード一族の人々は、彼女さえいなければと思っています。そんな一族が暮らし、物語の主要な舞台となるのはウォームズリイ・ヴェイルWarmsley Vale。ロンドンから28マイル(約45㎞)にあるゴルフ・コースで有名なウォームズリイ・ヒースWarmsley Heath近くの村という設定です。ヴェイルとヒースの中間あたりに位置する邸宅ファロウバンクFurrowbankには、ロザリーンと彼女の兄デイヴィッド・ハンターが住んでいます。美しいけれど精神的に不安定そうに見える妹と無遠慮で無鉄砲な兄。経済的に苦しい状態になってしまったクロードの人びとの中には、この兄妹を頼るほかに生きる術はないと考える者もいれば、何とか活路を見出そうと苦心惨憺する者も。そこへ、アフリカのジャングルで死亡したとされる、ロザリーンの前夫ロバート・アンダーヘイが生きているという情報がもたらされるのです。もし本当なら、ゴードンとロザリーンの婚姻関係は無効になるかもしれません。
謎解きの鍵となるのは退役軍人のポーター少佐。彼がプロローグでアンダーヘイに関して語りながら登場させる人名がイノック・アーデンEnoch Ardenです。作中でも少し触れられますが、この名はイギリスを代表する詩人アルフレッド・テニソン男爵の物語詩の題名であり、その主人公のこと。イノックは愛する妻子を養うために商船に乗り込みます。しかし、船は難破してロビンソン・クルーソーの如く無人島での生活に。彼の帰りを待っていた妻は、10年後にイノックの幼馴染みのフィリップからプロポーズされ再婚しました。やっとの思いで帰国したイノックは、妻とフィリップに自分の存在を明かすことなく身を引きます。とても切なく悲しい物語です。
そんなイノック・アーデンを名乗る人物が一族の住むウォームズリイ・ヴェイルに現れて、やがて殺人事件が発生。ポアロの登場となります。名探偵はあらゆる人の言葉に耳を傾けて推理を構築していくのです。読んでいて楽しいのは、やはりアガサ独特のレッド・ヘリング[3] … Continue readingの数々。でも、ポアロが話す人々の会話の中に謎解きのヒントがいくつも隠れているので、注意深く読み進めることが大事です。
ちなみに、イギリスには、配偶者が正当な理由なく一定期間(通常は7年間)不在となった場合に、重婚の責任を問われずに再婚できるという、その名もイノック・アーデン法なるものが存在します。
もうひとつ暗示的な言葉が。一族から疎まれているデイヴィットが、パーティの席で初めて会ったゴードンの姪リン・マーチモントに、Home is the sailor, home from sea,  And the hunter home from the hill.「船乗りは帰ってきた、海から帰ってきた、そして猟師は丘から帰ってきた」と言います。これは、「宝島」や「ジキル博士とハイド氏」で有名なロバート・ルイス・スティーヴンソンのレクイエム(鎮魂歌)という詩の一節です。若くして亡くなったスティーヴンソンのサモアにある墓碑には、彼の遺志によってこの詩が刻まれています。

左:テニソン男爵/中:無人島のイノック・アーデン/右:スティーヴンソンの墓

ポアロがウォームズリイ・ヴェイルで宿泊するのはパブ兼宿屋の「スタグ」”The Stag”です。その「コーヒールーム」で供されるディナーは、ウィンザー・スープWindsor Soup、ポテト付きハンバーグVienna Steak、蒸しプディングSteamed Puddngなど。ウィンザー・スープは通常ブラウン・ウィンザーと呼ばれる、牛肉と羊肉に、ニンジン、パースニップ、タマネギなどの野菜を加えて煮込んだシチューのようなものです。一説には、ヴィクトリア女王の好物だったといわれます。テレビシリーズ名探偵ポワロの「ポワロのクリスマス」では、食堂車でこのスープを頼んだポアロが、運ばれてきた料理を見ながら「あまり美味しそうには見えませんね」というシーンがありますが、原作ではそういう場面はありません。
ハンバーグは英語ではHamburg Steakハムバーグ・スティークと呼ぶことが多いです。ドイツにはフリカデレFrikadelleというハンバーグの原型のようなミートボールがありました。19世紀のドイツ移民がハンブルクからの船でやってきたことから、ニューヨークではハムバーグ・スティークの名でその料理が広まります。それが、20世紀になってサンドイッチにされたのがハンバーガーです。またアメリカでは、かつて肉中心の食事療法としてこの料理を提唱した医師の名を取って、Salisbury Steakソールズベリー・スティークともいいます。イギリスでは上に書いたようにVienna Steakヴィエナ・スティークという名前も使われていたものの、これは「スタグ」にいる老婦人も文句を言っているように、第二次大戦後の食糧難によって馬のひき肉が使われていた時代があったのも事実です。



References

References
1 現在のギリシャ東部カヴァラΚαβάλαの北・新約聖書「ピリピ人への手紙」のピリピ
2 日本語訳の題名は「英雄伝」
3 もとの意味は燻製のニシンで、昔、猟犬の訓練のために獲物とは別方向へ燻製ニシンの匂いをつけ惑わせたことから、注意をそらしたり、関係のない話をしたり、おとりを使ったりすることの意味。いかにも重要そうで実は無関係な情報を紛れこませ、読者を間違った推理へ導く手法