H.K.L.P.

映画「キングスマン:ゴールデンサークル」[1]2018年日本公開、主演タロン・エガートン”Kingsman: The Golden Circle”の中で、主人公エグジーが先輩で教育係でもあるハリーから食事マナーを教わる回想シーン。
ハリー: Never let anyone describe you as ”H.K.L.P.”
   (誰にもおまえをH.K.L.P.と呼ばせてはいけない)
エグジー: What is that?
    (なにそれ?)
ハリー: “Holds knife like pen.” A habit erroneously believed to be upper class dining etiquette.
   (ナイフをペンのように持つこと。上流階級の正餐作法として間違って信じられている習慣のひとつさ)
このやり取りを見て少なからず驚きました。ハリーは正しいマナーを伝授しようとしているのに魚について触れていないのはなぜ? その後、いろいろ調べてみてイギリスは事情が違うということを知ったのです。
昔、いくつかの映画やニュースとかでヨーロッパの晩餐会のような場面を観た際に、食事する紳士淑女がフォークとナイフをペンのように持っているのが気になっていて、文献を渉猟したり、その方面に明るいであろう方の教示を受けたりしました。その辺りをまとめるとこんな具合。フォークとナイフを使って食事をするようになったのはルネサンス期以降ですが、会食の際にはそれぞれがフォークとナイフを持参することが当たり前で、その多くは大きく鋭利でした。食事の場に武器を持ち込まない決まりがあっても、フォークやナイフは十分に武器になり得たため、食事中の刃傷沙汰も多々あったそうです。そこで安心して食事を楽しむことを目的に、戦闘意思がないことを示す意味も込めて、フォークやナイフの刃先は他人には向けずに内側に向けて持つことがルールになります。それが上品な食事作法として定着し、ハリーが言う習慣となったのでしょう。

いまは正しい作法としてペンのように持って使うのはフィッシュナイフだけです。ミートナイフとフィッシュナイフの違いはひと目で知ることができます。一般的に魚用は、刃の部分の幅が広くて厚みもあり、上部に波打つような箇所があって、先端が尖っているのが特徴です。それと少し短めだったり、刃に装飾が施されていることも多いかと思います。
フィッシュナイフはミートナイフと違って料理を切り分けるためだけに使うのではなく、魚の皮やヒレや骨をはずす場合に、背ビレ側からナイフを入れたり、中心から上下に開いたりいろいろな角度で使うことがあるので、ペンの如く持ちます。ミートナイフのように持ってしまうと手首を大きく曲げなければいけないですし、肘が上がってしまうこともあるからです。なぜ形状が違うのかは使用法が違うからだということでわかります。
下の動画ではお魚の食べ方がわかりやすく説明されていますのでご参考まで。(5分45秒ごろから)

以下のサイトにも図解があります。
Facing a Formal Dinner Gracefully
このようにフィッシュナイフをペンのように持つのは正式な作法です。しかしながら、イギリスではナイフの種類に関係なくすべて手のひらで握るように持つことが正しいとされています。
実情として、高級店以外ではフィッシュナイフが用意されないのは普通です。テーブルナイフ、ディナーナイフ、AP(all purpose)ナイフなどと呼ばれる肉、魚兼用のナイフだけしかないというお店が多いでしょう。そういう場所では作法をどうこう考える必要もないのかもしれませんが。
いずれにしても、食事作法はその場に合わせた自然な動きでできることが望ましいです。

映画「太陽がいっぱい」[2]1960年日本公開、フランス・イタリア合作”Plein Soleil”では、アラン・ドロン演じるトムがヨットの中で魚料理を食べるシーンがあり、彼を見下しているフィリップに「上品ぶるんじゃない。魚にミートナイフは使うな。持ち方も間違っているぞ。こうするんだ」と人差し指と中指の間に挟んで持っているナイフを親指と人差し指の間に直されます。ナイフはペンのように立てて握っていたんですけどね。

ついでですが、食べ終わったときのフォークとナイフの置き方も国によって違います。フォークとナイフを揃えるのは一緒でも、置く位置は皿を時計に見立ててアメリカ式は4時20分、ヨーロッパの大半は3時15分(実際には3時18分ぐらい)、イギリスは6時30分です。現実にはいずれでも構いません。要はフォークとナイフを揃えて、手で持つ側を皿の縁に載せるようにして置けばOKで、皿の料理がすべてなくなっていればなお良いということになるでしょう。こんな風に皿の上のフォークとナイフによる合図はサイレント・サービスコードSilent service codeと呼びます。まだその料理を食べているときにフォークとナイフを置く場合に3時40分の位置なのは共通です。

左:6時30分 / 中:4時20分 / 右:3時15分

References

References
1 2018年日本公開、主演タロン・エガートン
2 1960年日本公開、フランス・イタリア合作