シェリー

スペインのアンダルシア州の古い港町カディスから北へ車で30分ほどのところに、王立馬術学校で知られるヘレス・デ・ラ・フロンテラJerez de la Fronteraの町があります。この町とその周辺地域で産出されるのがシェリーです。この地には紀元前から町がありましたが、8世紀にアラブ人によって征服されるとSherishシェリシュという名で呼ばれます。イベリア半島でのワイン製造は古代ローマの時代から行われていました。しかし、南部スペインにぶどう栽培を定着させたのはアラブ人です。1264年、レコンキスタ運動[1]Reconquista・イベリア半島におけるイスラム教徒支配からの国土回復運動・1492年に完了によりカスティーリャ王国の支配下になると、ワインづくりが盛んに行われるようになったのです。地名はスペイン語式にXeresシェレスとなりやがてJerezヘレスへと変化していきます。シェリーというのは元の地名が転訛したもので、他の多くの酒精強化ワイン[2]醸造過程でブランデーなどアルコールを添加したワイン・ポルト、マデイラ、マルサラなど同様に最大の消費地であるイギリスでの名称です。地元では、ヘレスでつくられるワインは単にVino de Jerezヘレスのワインと呼ばれています。また、フランスではXeres(ケレス)という名のため、スペインでの原産地呼称は三ヶ国の呼び名を繋げてJerez-Xeres-Sherryです。

右:ヘレスのカテドラル

シェリーには独特の製法があり、Consejo Regulador原産地呼称統制委員会によって厳しく管理されています。シェリーは、まずパロミノ種のブドウを発酵、醸造して最大残留糖分は1リットル当たり5gのベースとなる白ワインをつくります。それを樽詰めしてしばらく置くと表面にフロールflor(花)と呼ばれる酵母菌の膜が生じます。フロールはほかの酵母と違って少し強いアルコールでも作用をするので、熟成の過程でいくつものタイプのワインをつくることが可能です。そこでブランデーを足してアルコール度数を上げ、樽熟成へすすみます。
また、シェリーにはSolera systemソレラ・システムという特別な熟成、混合の方法があります。樽詰めされたワインを20から100個ほどピラミッド状に積み重ねて熟成させるやり方です。一番下の段の樽はソレラと呼びもっとも古いワインが入っています。その上の段が第一クリアデラcriadera、さらにその上が第二クリアデラとなり、上の方ほど若いワインです。熟成したソレラの樽から定期的に決まった量のワインを抜き取り瓶詰めを行います。その抜いた分のワインを第一クリアデラからソレラの樽へ移し、次に第二から第一へ補充するという作業を繰り返すのです。こうやって出来上がるシェリーは何代ものワインが融合されたもの。なのでシェリーにはヴィンテージがありません。樽からワインを引き出す作業をサカsaca、ワインを補充する作業をロシオrocioと言います。これはフロールの膜を維持するために若いワインを入れて回復させるための方法です。複雑で微妙な作業に手間を惜しまず取り組むことで極上のシェリーが生まれるのでしょう。

シェリーには様々なタイプがあります。ドライシェリーとスウィートシェリー、それと両方を混ぜたブレンドシェリーです。
◆ドライシェリーVino Generosos
スペイン語では芳醇なワインという意味でVino Generososヴィノ・ヘネロソスといいます。
フィノFino
英語のfineの意味。最も軽くてドライな食前酒に最適のシェリーです。切れ味の良い繊細なワインは飽きることがありません。15度に酒精強化しフロールの下で熟成させ、そのまま瓶詰めします。空気に触れると劣化が進むので抜栓後は早めに飲むことが肝要です。
マンサニージャManzanilla
ヘレスの30㎞西、サンルーカル・デ・バラメダSanlúcar de Barramedaのみでつくられます。グアダルキビル川の河口に位置し、かつてはイングランド、オランダ方面へのシェリーの積出港でした。海に向かって開け大西洋の風を受ける独特の地形が熟成に影響を与え、軽い苦みと酸味をともなう微妙な味わいを生み出します。淡い色と爽やかな海の香りが特徴です。
スペイン語でリンゴはmanzanaマンサナ。そしてリンゴのような香りがするという意味でカモミールのことをmanzanillaと呼びます。このシェリーはカモミールの風味があるのでそう呼ばれるとか。ちなみに英語のchamomileの語源もギリシャ語で大地のリンゴを意味するchamaimelonカマイメロンです。
スペインでマンサニージャというとオリーブも有名です。
アモンティジャードAmontillado
一度フロールの下で熟成させた後、フロールの消えた状態でさらに熟成させたシェリーです。フィノに比べて香りや酸味がプラスされ、琥珀色あるいは柑子(こうじ)色になります。ナッツやタバコの風味があり、後味も爽やかです。その名はヘレスの200㎞ほど北東にあるワイン産地Montillaモンティージャによります。
オロロソOloroso
酒精強化の際にアルコール度数を17度まで上げることで、フロールの形成を経ず、酸化熟成させたシェリーです。オーク樽を通じて加わる風味が力強い味わいをもたらします。赤みを帯びた石榴(ざくろ)色から蘇芳(すおう)色です。スペイン語のolor香りからその名があるように、クルミやナッツ、樹脂、枯草などの芳香が深みを生むのが特徴。
パロ・コルタードPalo Cortado
アモンティジャードの優美さとオロロソの強さを併せ持つしなやかなシェリー。最初はフィノとして15度の酒精強化でフロール下の熟成を行う予定のワインが、図らずもフロールを失って酸化熟成へと移行したもの。ブランデーを追加してアルコール度数を17度に上げ、その後必要に応じてさらにアルコールを加えます。樽詰めの時点でフィノの樽には / のような斜線が印されるのですが、途中でその中のパロ・コルタードになる可能性がある樽には斜線にクロスするような線を入れ ✗ の印に。paroは棒、cortadoはカットの意味です。数年の熟成後に二度目のアルコール追加を行った場合は、dos cortados二回のカットとしてさらに線を書き入れます。パロ・コルタードは偶然の産物といわれ、ごく僅かしか産出しません。オロロソの持つ深みのある味わいに柑橘系の香りも加わった複雑な風味が楽しめます。色も微妙な赤鳶(べにとび)色から弁柄(べんがら)色です。ついでながら、スペインではほんの少しミルクを入れたコーヒーのことをコルタードと言います。食後のコーヒーはこれがいいです。

◆スウィートシェリー Vino Dulces Naturales
天然スウィートワインと呼ぶ甘口のシェリーです。遅摘みによる過熟および収穫後に天日干しすることで、pasificationパシフィカシオンという干しブドウのようになる過程を経て糖度が増したもろみを使います。発酵の途中でブランデーを添加して発酵を止め、熟成させる製法です。
モスカテルMoscatel
モスカテル種つまりマスカット・ブドウからつくります。凝縮された甘みと柑橘系やジャスミン、蜂蜜といった芳香が特徴です。asoleoアソレオという天日干しの処理をしたモスカテル・デ・パサスMoscatel de Pasasとその処理を行わないモスカテル・オロMoscatel Oroの二種。パサスはより濃く甘くなり、黄金色のオロは爽やかな香りが楽しめます。
ペドロ・ヒメネスPedro Ximénez
ペドロ・ヒメネス種のブドウからつくります。非常に糖度が高く、黒褐色の液体は濃厚で味が凝縮されていて、ドライフルーツやコーヒー、ココアなどの香りが魅力的です。

◆ブレンドシェリーVino Generosos de Licor
ドライシェリーに、スウィートシェリーを加えてブレンドし中口に仕上げたシェリーです。
ペールクリームPale Cream
熟成されたフィノまたはマンサニージャにブドウがベース。色も薄く、爽やかさを残し甘みも強くありません。
ミディアムMedium
通常はアモンティジャードをベースにします。ほど良い甘さと風味で口当たりもまろやかです。メンブリージョ[3]membrillo・カリンからつくられたちょっと固めのゼリー・朝食に食べますの香りがあると言われます。
クリームCream
主にオロロソをベースにしているので、甘みの中のふくよかな味わいとナッツやカラメル、ドライフルーツなどの華やかな芳香が自慢です。

ソレラ・システムを使ったシェリーでは、熟成年数を正しく知ることができません。しかし、長期熟成を行うシェリーに対しては、 原産地呼称統制委員会 の認定制度によって平均の熟成年数が測定され認定が与えられます。それが20年以上のものはラテン語で「際立って優れたワイン」を意味するVinum Optimum Signatumの略でV.O.S.が、30年以上のものは「最高に」が追加された Vinum Optimum Rare Signatumの略でV.O.R.S.が印されるのです。

シェリーは、酸化を抑えるためにボトルは寝かせずに立てておきます。ドライシェリーは冷たくして飲むのが普通です。特にフィノとマンサニージャはシャンペン並みの低めの温度がおすすめ。ペール・クリームも軽く冷やすほうがいいでしょう。スウィートシェリーとミデイアム、クリームは常温で。基本はそのままストレートで飲みますが、お好みでオンオン・ザ・ロックスでも。

References

References
1 Reconquista・イベリア半島におけるイスラム教徒支配からの国土回復運動・1492年に完了
2 醸造過程でブランデーなどアルコールを添加したワイン・ポルト、マデイラ、マルサラなど
3 membrillo・カリンからつくられたちょっと固めのゼリー・朝食に食べます