ダーティ・ハリー / Dirty Harry

言わずと知れたクリント・イーストウッドClint Eastwoodの代表作です。日本での公開は1972年。監督は、すでに「マンハッタン無宿」”Coogan’s Bluff”[1]1969年日本公開、「真昼の死闘」”Two Mules for Sister Sara”[2]1971年日本公開、「白い肌の異常な夜」The Beguiled[3]1971年日本公開でイーストウッドと組んだ経験のあるドン・シーゲル。拳銃を撃ちまくる厄介者、鼻つまみ者の刑事なんて今では珍しくもないですが、当時はその風貌も振舞いもなんとも鮮烈な印象でした。それまで日本で刑事と言えば「警視庁物語」や「七人の刑事」や「特捜最前線」ぐらいで、この映画が公開された年に「太陽にほえろ!」と「刑事コロンボ」の放送が始まったのです。
何しろ舞台がニューヨークでもロサンゼルスでもなくサンフランシスコという中規模都市なのもいいですね。オープニングはサンフランシスコ市警の殉職警官の碑の映像から。それだけ凶悪犯罪が多いと推定させる始まり方です。クリント・イーストウッドが演じるのはサンフランシスコ市警のハリー・キャラハン。階級は英語でinspector。サンフランシスコ市警では日本の巡査長に相当する感じです。正義感が人一番強い余りに行き過ぎた捜査ではみ出し者のレッテルを張られています。犯罪者にはおもむろにショルダーホルスターから取り出したS&W[4]Smith and Wesson M29、世界一の威力を誇る通称44マグナムで狙いを付けるのです。この火薬量の多い銃の音がまたいい。パーン、パーンという軽い銃声ではなく、ドーンというまるで大砲のような重い響き。しかも銃の腕前はぴかイチなので、狙った場所にピタリと当てることができます。この役には、当初ジョン・ウェインやフランク・シナトラといった大御所が候補に挙がっていたそうです。結果的にイーストウッドのはまり役となりましたし、興行的にも成功しました。ハリーのキャラクターが確立したことで、映画は1988年の「ダーティハリー5」”The Dead Pool”までシリーズ化されることに。

左:奥の茶色のビルがトリプルファイブ / 中:フォーティナイナーズ / 右:聖ペテロ&パウロ教会

画面には随所にサンフランシスコらしい光景が登場します。ランドマーク的存在のゴールデン・ゲート・ブリッジはもちろん、撮影時点ではアメリカ西海岸で最も高かった52階建てバンク・オブ・アメリカ・センター[5]現在は555カリフォルニアストリートにあるのでトリプルファイブと呼ばれるの屋上からの眺望、名物のケーブルカーではなくミュニ・メトロ[6]市が運営するライトレールで一部地下を走行、1970年までNFLサンフランシスコ・フォーティナイナーズの本拠だったキーザースタジアム[7]映画公開時にはキャンドルスティック・パークへ移転し、MLBサンフランシスコ・ジャイアンツと共用、放し飼いのバッファローが見られるバイソン・パドック[8]ゴールデン・ゲート・パーク内など。1968年制作でスティーブ・マックィーン主演の「ブリット」”Bullitt”[9]ピーター・イエーツ監督は同じサンフランシスコが舞台で、坂の町を活かした派手なカーチェイスが売り物でした。でもこの作品にはそういう見せ場はありません。[10]ダーティハリー2には登場その代わりに全編通じての迫力あるアクションシーン、暴力シーン(小林信彦いうところの「シーゲル祭り」)が盛り込まれています。ホットドッグを食べていて遭遇する銀行強盗[11]店の奥に見える映画館で上映中なのはイーストウッド初監督作品の「恐怖のメロディ」”Play Misty for me”・この映画と同じ年に公開、車で逃走を図る犯人と吹き上がる消火栓、聖ペテロ&パウロ教会を見下ろす建物での銃撃戦と飛び散るネオン、身代金を持ってひた走るトンネルと公衆電話、夜の公園で犯人に襲われて見上げる十字架とナイフ、大きなスタジアムの眩い照明から引いていく空撮といった臨場感あふれる描写が見どころと言えるでしょう。また音楽もいい。「スパイ大作戦」や上述の「ブリット」のラロ・シフリンです。ジャズの音色がときに小気味よく、ときに重々しく響き場面を盛り上げてくれます。ラロ・シフリンの名作「燃えよドラゴン」は1973年に制作されました。

字幕には表示されないのですが、ハリーが地方検事に呼び出された際に、エスコビードとミランダの名前を出されて被疑者の権利を守れと説教されます。エスコビード、ミランダとも、60年代に犯罪の捜査、逮捕、訴訟に至る手続きにおいて、被疑者の権利を確立することになった裁判の主人公です。要するに犯罪者だと明確にわかっていても、非合法なやり方では逮捕は無効になり、証拠も裁判で採用されないというルール。これを不条理ととらえたハリーは、自分の信念に従って行動します。かっこいい一匹狼的刑事の活躍を描くというだけだでなく、残虐で狡猾な犯罪者に対して、理不尽な規定に縛られながらも、立ち向かっていかなければならない警察官の姿を映しているのでしょう。この映画で特に印象に残ったセリフは、犯人の銃弾によって重傷を負い刑事を辞めようとしている、相棒チコの奥さんへ退職を勧める場面。
チコの奥さん:”Why do you stay in it then?” 「じゃあ、なぜあなたは続けているの?」
ハリー:”I don’t Know. I really don’t.” 「さあ、なんでかな」
ハリーの苦悩が窺える言葉です。
しかしながら、一番有名なセリフはこれですけど。
“I know what you’re thinking: “Did he fire six shots or only five?” Well, to tell you the truth, in all this excitement, I’ve kinda lost track myself. But being this is a. 44 magnum, the most powerful handgun in the world, and would blow your head clean off, you’ve got to ask yourself one question: “Do I feel lucky?” Well, do ya, punk?”
「お前が何を考えているか分かるさ。『奴は6発撃ったかそれともまだ5発か』。実際のところ俺も興奮してて分からなくなってるんだ。でもこいつは44マグナム、世界一強力な拳銃だからお前の頭をきれいに吹っ飛ばせるだろうし、ひとつ自問自答してみないとね。『俺はついているのかな』って。さあ、どうするチンピラ」

References

References
1 1969年日本公開
2, 3 1971年日本公開
4 Smith and Wesson
5 現在は555カリフォルニアストリートにあるのでトリプルファイブと呼ばれる
6 市が運営するライトレールで一部地下を走行
7 映画公開時にはキャンドルスティック・パークへ移転し、MLBサンフランシスコ・ジャイアンツと共用
8 ゴールデン・ゲート・パーク内
9 ピーター・イエーツ監督
10 ダーティハリー2には登場
11 店の奥に見える映画館で上映中なのはイーストウッド初監督作品の「恐怖のメロディ」”Play Misty for me”・この映画と同じ年に公開