ドライ・マティーニ

氷を入れたミキシンググラス[1]ステア・カクテルをつくるときに使いますにドライ・ジンを注いでドライ・ヴェルモットを少々加えたら、一気にステアして冷やしたカクテルグラスへ注ぎます。グラスの上でレモンピールをキュッと捻り出来上がりです。ヴェルモットは薬草などで風味付けしたワイン。辛口のドライは白で、主にフランスで作られているのでフレンチ・ヴェルモットと呼びます。もともとドイツ語でニガヨモギを意味するWermutが語源です。マティーニに使うのはあくまでも少量。バーテンダーをあいていたお店では、ビターズボトル[2]首が長く一滴ずつ出せるように小さな注ぎ口が付いたガラス製の容器に入れてあって注文に応じて調整し、エクストラ・ドライであれば一振りだけ加えていました。美味しく仕上げるためには、ステアが最重要。氷をいじめないように、中指と薬指の間に挟んだバースプーンを回転させながら、ミキシンググラスの内側を滑るように優しく早く攪拌します。スタッフドオリーブが欲しいという方には、味が変わらないように、グラスへは入れず別皿で提供します。それを冷たいうちに数回口に運んでグラスを空けるのが飲み方。決してちびちびと啜ってはいけません。

お酒についていくつもの著書があるジョン・ドーザットという作家が1976年に刊行したのが”Stirred Not Shaken: The Dry Martini”「シェイクせずにステアで、それがドライ・マティーニ」という本です。このタイトルはかの有名なイギリス諜報員ジェームズ・ボンドの”Shaken not stirred”「ステアせずにシェイクで」をもじった言葉。映画版のボンドはウォッカマティーニ(ウオッカティーニとも呼ぶ)をシェイクでと頼んでいる場面が知られていますが、もともとイアン・フレミングの最初のボンド登場の原作”Casino Royale”「カジノ・ロワイヤル」[3]1953年出版では、’A dry martini, he said. One. In a deep champagne goblet. ‘「ドライ・マティーニを深いシャンパングラスで」とオーダーし。さらに’ Three measures of Gordon’s, one of vodka, half a measure of Kina Lillet. Shake it very well until it’s ice-cold, then add a large thin slice of lemon-peel. ‘「ゴードン[4]ロンドン・ドライ・ジンのブランドを3メジャー、ウォッカを1、キナ・リエ[5]フランスのヴェルモット 白ワインにキニーネで風味付け 現在は製造されていませんを半分」と続けています。そして’This drink’s my own invention. I’m going to patent it when I think of a good name.’「これは僕の発明だからね。いい名前を思いついたら特許を取るよ」と言い残しました。小説の後半でヴェスパー・リンドVesper Lyndと出会ったボンドは、このカクテルにVesperの名を付けることに決めます。Vesperはとっても有名で、おそらく世界のどこのバーでもヴェスパーとオーダーすれば、このレシピに沿ったマティーニが供されるはずです。実際にはボンドは、以降のフレミングの小説の中ではヴェスパーを飲まずに、映画同様シェイクしたウォッカマティーニをよく頼んでいます。
ドーザットの著書は、ドライ・マティーニというのはシェイクでなくステアするものですよという意味。彼の作り方はこんな感じです。ミキシンググラスには大きめの氷塊を半分ほど入れ、ドライ・ヴェルモット(マルティーニ・エ・ロッシのエクストラ・ドライ)を注ぎ、すぐに捨てます。ジン(ブースのハイ・アンド・ドライ[6]2017年に創業停止 いまはサゼラック社がブランドを引き継いでいます)を2オンス加えて、勢いよくステアしストレーナーで漉してグラスへ。こうするとジンとわずかに残ったヴェルモットの割合が11:1になるそうです。なにしろエクストラ・ドライがいいみたいですね。もちろんこれが決まりなんてことはないので、どんな配合にするのかどんな飲み方にするのかは飲む人の自由。でも知っておいてほしいのは、シェイクするのは果汁や糖度の高いリキュール、シロップとかクリームをよくお酒と混ぜるためです。シャカシャカ振れば空気とともに攪拌されて、泡立つとともに希釈もされます。辛口のカクテル、透明のカクテルには向きません。

世の中にはマティーニの愛好家は多く、特にジンへのこだわりが大きい気がします。上記のブースやゴードン以外にもタンカレーやボンベイ、ビーフィーター、ヘンドリックスといった個性あるジンがたくさんあるので、お好みをどうぞ。大事なのはジンもグラスも冷やしておくことです。飲み口がまるで違うでしょう。それとステアするときには、バースプーンを中指と薬指の間に挟み、指の間で回転させながら、スプーンの背側がミキシンググラスの内側をこするように回すこと。そうすれば、氷をいじめることなくすっきりとしたマティーニが出来上がります。

マティーニに振りかけるレモンピールをゼストと呼びます。料理や飲料に風味を付けるために、柑橘系の果実の果皮を切り取ったりこそげたりしたもののことです。マティーニの場合は、爪の大きさぐらいに切って皮側を下にし指で絞ると、油分が細かく飛び散り表面に落ちます。皮はマティーニには入れません。

References

References
1 ステア・カクテルをつくるときに使います
2 首が長く一滴ずつ出せるように小さな注ぎ口が付いたガラス製の容器
3 1953年出版
4 ロンドン・ドライ・ジンのブランド
5 フランスのヴェルモット 白ワインにキニーネで風味付け 現在は製造されていません
6 2017年に創業停止 いまはサゼラック社がブランドを引き継いでいます