ヴルスト

ドイツでうまいものと言えばまずはソーセージWurstです。カタカナだとヴルストまたはヴォアストとかになります。もちろんソーセージを出すレストランやビアホールはいくらでもありますが、やっぱり屋台で出来立て熱々を食べたいですね。大抵の屋台は、茹でソーセージか焼きソーセージのどちらか、あるいは両方を扱っていて、大きいソーセージ1本に小さめのパンが1個つき、マスタードが添えられるスタイルです。サンドイッチと頼んだらパンを横から半分に切ってソーセージを挟んでくれたりもします。でも、ドイツでは町によって地元のビールがあるように、ソーセージもその土地によって違いがあって、ソーセージのつくり方、食べ方にも郷土色が。味が違うだけでなく、大きさや色も様々です。マスタードの代わりにホースラディッシュだったり、ザワークラウトや刻んだピクルスが付いていたりする場合も。

◆ヴァイスヴルストWeißwurst
南部はバイエルン州の伝統的な白いソーセージです。熱湯ではなく少し温度の低い70℃ぐらいのお湯でゆっくり茹でるのが特徴。お湯が熱すぎると皮が破けてしまうからです。バイエルン人はこのソーセージをzuzelnツーツェルンという方法で食べます。ナイフやフォークを使わずに、ソーセージの端を齧って破き、そこから中身を吸い出しながら食べていくというやり方。でも慣れないと難しいので、指やナイフとフォークを使って皮を剝くという手法でもOKです。パンではなくプレッツェルとともにいただきます。

◆ニュールンベルガー・ロストブラートヴルストNürnberger Rostbratwurst
フランケン地方の古都ニュールンベルクの小さい焼きソーセージ。サイズは長さ7~9cm、重量は最大で25gです。rostは焼くためのグリルですが、bratは焼くという単語のbratenではなく、古高ドイツ語の豚や仔牛の細切り肉を意味するbrätが起源とする人もいます。でも、実際はゲルマン祖語のbred-onまで遡るようです。これは焼き肉の意味でbratenの由来でもあるため、bratwurstは焼きソーセージで正解。
ニュールンベルクでは、1313年に市の法令でソーセージの製造方法が規定され、その後も厳格な枠組みをもって伝統が維持されてきました。現在もニュールンベルガー・ソーセージ保護協会Schutzverband Nürnberger Bratwürste e.V.によりソーセージの品質が保たれ、歴史的な価値が守られています。焼きソーセージ6本をザワークラウトとともにピューター[1]錫を主成分とした合金製の皿にのせて提供するのが本来のスタイルです。旧市街にある1419年創業のZum Gulden Sternツム・グルデン・シュターンは世界最古の焼きソーセージ屋[2]レーゲンスブルクのHistorische Wurstkuchlヒストリシェ・ヴルストクヒルも世界最古をうたっていますだそうです。

右:ツム・グルデン・シュターン

◆テューリンジャー・ロストブラートヴルストThüringer Rostbratwurst
中部ドイツのテューリンゲン州のスパイシーな焼きソーセージです。テューリンゲンの州都はエアフルトErfurt。ゲーテゆかりのヴァイマールWeimar、光学機器メーカーのカール・ツァイスで有名なイェナJena、ルターがドイツ語訳聖書を書いたヴァルトブルク城Wartburgなどがある場所です。テューリンジャーは細身で長さが15~20cmあり、炭火でこんがりと焼いて食べるのが最高。焼くときには、いびつな形にならないように表面に小さく切れ目を入れます。炭火焼きでないとおそらく脂っこくなってしまうでしょう。添えられるマスタードはエアフルトのBorn社製に限ります。このソーセージも歴史は古く、最初に記録されたのは1404年だそうです。レシピとしては、1797刊行のテューリンゲン・エアフルトの料理本Thüringisch-Erfurtische Kochbuchにはじめて記載されました。味付けにはマージョラム、キャラウェイ、ナツメグなどを使いますが、町によって入れるものが違ったりするとも聞きました。2006年にはテューリンジャー焼きソーセージ友達協会Freunde der Thüringer Bratwurst e.V.が設立され、ドイツ初の焼きソーセージ博物館Deutschen Bratwurstmuseumsも州内のホルツハウゼンHolzhausenで開館したそうです。

◆カリーヴルストCurrywurst
これはちょっと曲者です。名物なのは間違いないものの、何度食べてもおいしいと思ったことがないのであまりお勧めはできません。ベルリンが発祥と思っていたら、ハンブルクにも結構カリーヴルストの店が多く、現地の人に聞いたところハンブルクが元祖だと言います。何しろ本があるんだからとのこと。ハンブルク出身の作家ウーヴェ・ティムUwe Timmが書いたDie Entdeckung der Currywurst(カリーヴルストの発明・英語版The Invention of Curried Sausage)という小説です。ハンブルクの屋台で名物のカリーヴルストを売っていた女性に発明の経緯を聞きに行くというストーリーだそうですが、どうやら架空の話ということでした。カリーヴルストは、ベルリンでもハンブルクでも概ね同じスタイルで提供されます。焼いたソーセージを2~3cmにカットして上からケチャップをかけ、さらにカレーパウダーを振りかけるというもの。つまりカレー風味のケチャップで食べるソーセージです。カレーが練りこんであるソーセージとか、カレーソースをかけたソーセージとかだったらもっとおいしいに違いないと思うのですが。ちなみに、ベルリンにはドイツ・カリーヴルスト博物館Deutsches Currywurst Museumなるものがあります。

日本でもソーセージというと普通に名前が出るのがフランクフルトとウィンナーでしょう。フランクフルトが大きめでウィンナーが小さめぐらいのイメージかもしれません。これが現地では少々ややこしい感じです。
フランクフルトのソーセージは少なくとも13世紀ぐらいから知られていました。1805年、フランクフルトの肉屋でソーセージづくりの修業をしたラーナーLahnerという青年がウィーンへ移住し、豚肉のみでつくるフランクフルトのソーセージに牛肉を加えたものをLahners Würstelラーナーズ・ヴュルステルの名で販売し始めました。これが人気となり、オーストリア皇帝フランツ1世[3]神聖ローマ皇帝フランツ2世をはじめ、ヨハン・シュトラウスやフランツ・シューベルトといった著名人が好んだとか。そして、ラーナーのFrankfurter Würstchenフランクフルター・ヴュルスチェン[4]würstchenはwurstの複数形指小辞としてオーストリアに定着したのです。燻製された細長いソーセージを茹でて2本ペアで提供するスタイル。実は初めてウィーンへ行ったときに、どこのソーセージ屋台でもドイツと違って2本が一人前になっているのが不思議でした。後でこの伝統を知って納得した次第です。ウィーンのフランクフルターはドイツにも伝わり各地で商品化されましたが、地理的表示保護によってフランクフルトの名が付くソーセージはフランクフルト・アム・マインでしか製造することができないことから、ドイツではWiener Würstelヴィーナー・ヴュルステルの名称に変換されて広まりました。また、オーストリアでウィンナー・ソーセージWiener Wurstというと、太いボローニャ・ソーセージのような薄くスライスして食べる別のものが存在します。なので、同じソーセージがドイツではウィンナー、オーストリアではフランクフルトとなっているわけです。

左:ドイツのウィンナー / 右:オーストリアのウィンナー

ウィーンでは、フランクフルターよりさらに細長いSacherwürstelザッヒャヴュルステルというソーセージがあります。これは、ウィーンの郊外の肉屋Stefan Windischシュテファン・ヴィンディッシュが、ホテル・ザッヒャ(ザッハー)Hotel Sacher[5]国立オペラ座の隣にある最高級ホテルのひとつで、ザッハートルテで有名のためにオリジナルのフランクフルターを参考にして開発したソーセージです。こちらも2本一組で提供されます。
ちなみに日本のウィンナーとフランクフルトはアメリカ経由でやって来ました。アメリカでは、1893年のシカゴ万博で初めてウィンナーが紹介され、フランクフルトはドイツ系の移民によってもたらされたそうです。現在はウィンナーは短く、フランクフルトまたはフランクが長いという曖昧な区別で、それにホットドッグも加えてほぼ同意語のようになっています。

 

References

References
1 錫を主成分とした合金
2 レーゲンスブルクのHistorische Wurstkuchlヒストリシェ・ヴルストクヒルも世界最古をうたっています
3 神聖ローマ皇帝フランツ2世
4 würstchenはwurstの複数形指小辞
5 国立オペラ座の隣にある最高級ホテルのひとつで、ザッハートルテで有名