横溝正史の傑作長編小説「獄門島」(1949年初刊)。月刊の小説雑誌「宝石」に1947年から翌年にかけて17回の連載でした。あえて平仮名で書いたこの記事のタイトルは、本作をご存知の方なら当たり前のクリティカル・クルーです。花子の遺体発見現場で了然和尚が呟いた言葉。これを耳にした金田一耕助はそれが妙に引っ掛かります。そして後に、事件解決の大きな手掛かりとなるので、これぞ核心とも言うべき重要なフレーズですよね。
2022年になり、やっと、この小説の英語版”Death on Gokumon Island”がイギリスで刊行(Pushkin Press刊, Louise Heal Kawai[1]マンチェスター出身で横浜在住の現代日本文学翻訳者・名古屋で英語教師をしたのちに日本研究と翻訳の道に進んだ訳)されました。その際、最も気になったのはこのくだりをどう表現しているのかということ。原作では座敷牢の与三松を暗示させる、横溝らしいレッドヘリング[2]読者の推理を間違った方向へ逸らす方法・猟犬の訓練の際に、本来の獲物と惑わすために燻製ニシンを引きずって匂いを付けたことに由来のひとつなのですが、そのまま英語にしてしまったら意味が通じません。果たしてこれを如何に料理しているのだろうと考えながら読んだのです。

さて、横溝は終戦の翌年(昭和21年/1945年)に、疎開先の岡山で初めての長編本格探偵小説「本陣殺人事件」を月刊「宝石」での連載として書き上げました。その執筆時に、アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」を原書[3]“And Then There Were None”, 1939年発行で読み、それが次の長編作品となる「獄門島」の発想につながります。横溝が日記に、「本陣」の第3回の構想として金田一の名を初めて書いた翌日、「そして誰もいなくなった」を読了したと記したそうです。すでにマザーグースを題材に見立て殺人を描いたヴァン・ダインの「僧正殺人事件[4]“The Bishop Murder Case”, 1929年発行」を読んでいた彼は、クリスティが同じように〈童謡殺人〉を書いたことで自分もこれに挑戦しようと考えました[5]「真説 金田一耕助」(1977年・毎日新聞社刊)に記載。
創作を決定づけたのは、横溝が吉祥寺に家を建てた際に友人からもらい、疎開先へ持参していた枕屏風。そこには「鶯の身をさかさまに初音かな」の句を含めた3枚の俳画の色紙が貼ってあったのです。ここから見立て殺人の発想が生まれました。さらにエラリー・クインの「Yの悲劇[6]“The Tragedy of Y”, 1932年発行」での言葉の意味が分からなかったという部分や、ディクスン・カーの「死者はよみがえる[7]“To Wake the Dead”, 1938年発行」での片腕の絞殺などが参考になったといいます[8]「横溝正史読本」(小林信彦編・1976年・角川書店刊)に記載。

見立て殺人の素材となるのは三句。英語版の句と重ねてみましょう。
「鶯の 身をさかさまに 初音かな」(うぐいすの みをさかさまに はつねかな) 其角
“Bush warbler upended in the tree – first song of spring”
新春[9]旧暦なので立春のころに梅の木の枝にとまったウグイスがさかさまになって鳴いている姿を詠んでいます。宝井(榎本)其角は蕉門十哲のひとりで、芭蕉の一番弟子ともいわれた人物ですね。ウグイスは「万葉集」の中にも多くの歌が扱われているように、古くから日本人にはとても馴染み深い鳥と言っていいでしょう。実際に本物の鶯を見たことが無かったとしても、誰もが「ホーホケキョ」の鳴き声とともに鶯=梅=春という連想が浮かぶのではないかと思います。だからspringやtreeの単語は必要なくとも、ウグイスは梅の木にとまっているのだと理解できるわけです。その体色からウグイスと混同されるのが鳥がメジロ。でも、メジロが梅の木に止まっていたとしたら、それはそれで絵になると思いますよね。
英語で「さかさま」を表現する単語はいくつもあります。あくまでも個人的なイメージですが、upside-downだと止まって見えますし、reverseやoverturnだと裏返すような感じ。upendedでくるっとひっくり返った様子が想像できます。

「むざんやな 甲の下の きりぎりす」(むざんやな かぶとのしたの きりぎりす) 芭蕉
“How tragic – beneath the helmet, a hidden cricket”
甲(兜)の下敷きになってしまった可哀そうなキリギリスを想像しがちです。でもこれは、芭蕉が「おくのほそ道」の道中、元禄2年(1689年)7月に小松[10]石川県の多太(ただ)神社を訪ねて、斎藤別当[11]長官職の意味実盛(さいとうべっとうさねもり)の兜を拝観した際に詠んだ句。寿永2年(1183年)、源平合戦のさなかの加賀国篠原の戦いで、老将、実盛は白髪を墨で黒く染めてまで出陣し奮闘するものの、源(木曽)義仲配下の手塚光盛に討たれてしまいます。幼少の頃、実盛に命を助けられたことがある義仲は深く悲しむのです。その場面は「平家物語」巻第七に「実盛最期」として記述されていて、歌舞伎や能の演目にもなっています。この句の「むざんやな」は、「実盛最期」での樋口次郎(兼光)[12]義仲の忠臣の言葉「あな無慚や、斎藤別当で候ひけり」からの引用です。義仲は実盛の兜を、畏敬の念を込めて多太神社に奉納しました。芭蕉は、勇猛果敢で知られる実盛の立派な兜とその下で鳴くキリギリス(コオロギの古名)に哀れを感じてこの句を詠んだのだとか。英語のほうは、遺体発見現場の情景をそのまま表現したようにみえます。致し方ないことでしょう。

「一家に 遊女もねたり 萩と月」(ひとつやに ゆうじょもねたり はぎとつき)芭蕉
“In the same lodge sleep courtesans – moon and bush clover”
同じ元禄2年7月[13]順番としては上の句より前に一振(いちぶり)[14]現在の新潟県糸魚川市大字市振で詠んだ句。北陸で一番の難所と言われる場所[15]親知らず子知らず、犬もどり、駒返しなどを越えた芭蕉と曽良は、一振の宿に泊まりました。ふすま1枚隔てた隣の部屋からは、新潟を出て伊勢へ旅する[16]この年は式年遷宮に当たり参拝客が多かったふたりの遊女の、自らの身の上を嘆くような話し声が聞こえてきます。翌朝の出立時に彼女たちから、心細いので後をついていかせてくれと涙ながらに頼まれますが、芭蕉は自分たちが方々に立ち寄ることの多い旅だとこれを断りました。この句には、粗末な僧の姿で行脚する自分たちと、一見華やかでありながら、遊女に身を落とした因果を呪う女たちが同じ宿に泊まり合わせることを、不思議な縁だと思う一方、すぐに離れてしまう儚さを感じる気持ちが込められたのでしょう。何故だか英語では萩と月が入れ替わったことで情緒を感じます。
英語の”courtesan”(コーテズン)は高級娼婦の意味。もともとイタリア語の廷臣cortigianoの女性形cortigiana(コルティジャーナ)が語源で、それがフランス語courtisane(コルティザン)になり、さらに英語になりました。単なる娼婦ではなく、知識や教養を身に着けていて、身分の高い人たちとも交流していたことから高級娼婦とされます。江戸時代の遊郭での花魁のようなイメージで、実際に花魁を英語で説明する場合はcourtesanを使う場合が多いはずです。
作中に「一つ家の鬼婆あ」なる表現が出てきます。最初に読んだときはなんだか意味が分からず気に留めませんでしたが、再読の際にちょっと気になったので調べてみることに。すると、荒地の一軒家に住む老婆が旅人を泊めては殺して金品を強奪する、「浅茅ヶ原の鬼婆(あさじがはらのおにばば)」という伝説のことだと知りました。浅茅ヶ原とは現在の浅草寺近く、台東区花川戸辺りだそうです。

さあ問題のフレーズです。英語版では”Out of reason, but it can’t be helped”とあります。”out of reason”とは「合理的でない」、「理屈に合わない」を意味して、”unreasonable”や”illogical”と同義ですが、”out of all reason”と使うほうが一般的でしょう。会話では、筋が通っていないという意味だと”doesn’t make sense”と言うのが普通かもしれません。”it can’t be helped”は「仕方がない」、「どうしようもない」なので、全体では「理屈に合わないけど、どうしようもないな」となります。金田一はそれを”lost his reason”「理性を失った」、つまり与三松と関係があるのかと和尚に問うのです。和尚は”you misunderstood”「あんたは誤解している」と答えます。この辺りは原作のままの展開です。いよいよ物語の終盤で繰り広げられる金田一の種明かしの段になり、一連の事件の真相を解き明かす際に以下のように語ります。
“… Inspector, the phrase that the priest uttered at that moment, was not ‘Out of reason, but it can’t be helped’ at all. He said, ‘Out of season, but it can’t be helped.’ In other words, I had simply misheard him…”
「…警部さん、和尚さんがその時に口にした言葉は、『理屈に合わないが、どうしようもない』なんかじゃなかったんですよ。彼は『季節が合わないが、どうしようもない』と言ったんです。」つまり、単なる僕の聞き違いだった…」(拙訳)
reasonとseason。恐れ入りました。素晴らしいです。
「きちがい」ではなく「ききちがい」でした。
本作最初の映像化作品は、「獄門島(ごくもんじま)」、「獄門島 解明編」の2本構成(東横映画製作)で1949年に公開の、時代劇の大スターだった片岡千恵蔵主演の映画です。小生が観たのは2編を合わせた総集編DVDでした。千恵蔵が金田一を演じた映画は本作以外に5本あるのですが、「八つ墓村」と「犬神家の謎 悪魔は踊る」はフィルムを消失してしまっているらしく、観ることができません。金田一耕助といっても千恵蔵の場合にはよれよれの和服姿ではなく、スーツにネクタイ、ソフト帽という多羅尾伴内[17]同時期に大映→東映でシリーズ化していたそのままの出で立ち。フィリップ・マーロウの如きハードボイルドしています。しかも、変装を得意として女性の助手を従えているうえに、懐に拳銃を忍ばせて犯人との銃撃戦へ挑む勇猛果敢ぶりです。全作品で犯人が原作と違うのも特徴といえるかもしれません。
原作通りのスタイルといえば石坂浩二。その金田一耕助役も3本目となって板についてきた、1977年の映画版「獄門島」(東宝・市川崑監督・久里子亭[18]くりすてい、市川崑と日高真也の共同脚本)は、犯人の一部変更があり、よりドラマチックな展開の仕上げです。それでいて、小説の世界を忠実に描いている部分が大半であり、いつもながらの市川崑独特の美しい映像と相まって、素晴らしい出来だったと思っています。特に、金田一が獄門島への船着き場へ向かう物語の序盤に、三谷昇演じるところの胡散臭い復員兵に出会う場面。それをオチに繋げるところは最高の構成です。キャストでは佐分利信、松村達夫、稲葉義男、大原麗子はもちろんのこと、出演映画の少ない池田シャア秀一も小説のイメージに合ったいい味を出していました。ただし、雪枝の首が飛ぶ場面は必要なかったと思います。無意味な演出といっていいかもしれないですね。残念ながら、この項のタイトルのフレーズは差別用語に当たるため、この映画のテレビ地上波での放送は困難になりました。
ついでの話です。イケメン鵜飼と月代は木の幹にある洞(うろ)を利用して手紙のやり取りをしていました。その木を二人は「愛染かつら[19]川口松太郎の恋愛小説、1938年に公開した映画と主題歌「旅の夜空」は大ヒットし、田中絹代が一躍スター女優となった」とロマンチックな名で呼んでいましたが、実際は「ノウゼンカツラ」だと言います。ノウゼンカツラという樹種はないので、これはノウゼンカズラ[20]ノウゼンカズラ科ノウゼンカズラ属のことでしょう。ちなみにカツラ科はカツラとヒロハカツラの2種のみです。カズラがカツラでもいいのではと思うかもしれませんが、ノウゼンカズラは蔓性の植物なので「カズラ」でないとおかしいわけです。落葉性で付着根によってどんどん広がり、夏にオレンジ色や赤の花をたくさん付けます。よく猛毒があるから触るなといわれることがありますが、これは大げさな表現で、実際には弱い毒がある程度です。花色が毒々しく感じさせるからかもしれません。

References
| ↑1 | マンチェスター出身で横浜在住の現代日本文学翻訳者・名古屋で英語教師をしたのちに日本研究と翻訳の道に進んだ |
|---|---|
| ↑2 | 読者の推理を間違った方向へ逸らす方法・猟犬の訓練の際に、本来の獲物と惑わすために燻製ニシンを引きずって匂いを付けたことに由来 |
| ↑3 | “And Then There Were None”, 1939年発行 |
| ↑4 | “The Bishop Murder Case”, 1929年発行 |
| ↑5 | 「真説 金田一耕助」(1977年・毎日新聞社刊)に記載 |
| ↑6 | “The Tragedy of Y”, 1932年発行 |
| ↑7 | “To Wake the Dead”, 1938年発行 |
| ↑8 | 「横溝正史読本」(小林信彦編・1976年・角川書店刊)に記載 |
| ↑9 | 旧暦なので立春のころ |
| ↑10 | 石川県 |
| ↑11 | 長官職の意味 |
| ↑12 | 義仲の忠臣 |
| ↑13 | 順番としては上の句より前 |
| ↑14 | 現在の新潟県糸魚川市大字市振 |
| ↑15 | 親知らず子知らず、犬もどり、駒返しなど |
| ↑16 | この年は式年遷宮に当たり参拝客が多かった |
| ↑17 | 同時期に大映→東映でシリーズ化していた |
| ↑18 | くりすてい、市川崑と日高真也の共同 |
| ↑19 | 川口松太郎の恋愛小説、1938年に公開した映画と主題歌「旅の夜空」は大ヒットし、田中絹代が一躍スター女優となった |
| ↑20 | ノウゼンカズラ科ノウゼンカズラ属 |